耳の不自由な人も一緒に演劇を楽しむには、どうすればいいだろうか。手話通訳を求める声は多いが、追いついていないのが現状だ。では、舞台で俳優が手話を使って演じたら－。鑑賞の壁を取り払う画期的な「手話裁判劇」が１０月、神戸市兵庫区の神戸アートビレッジセンター（ＫＡＶＣ）で上演される。９月２３日は「手話言語の国際デー」。（田中真治）

　上演作「テロ」（Ｆ・ｖ・シーラッハ原作）の登場人物は６人。でも、俳優は１１人。気鋭の演出家ピンク地底人３号さん（３９）が考えたのは、基本的に一つの役を聴者とろう者がペアで演じる方法だ。

　「ろう者の俳優の手話に聴者が声を当てれば、通訳を見るために舞台から視線を移す必要がなくなる」と３号さん。手話は単なる手ぶりではなく独自の文法を持ち、顔や上半身も使った「目で見る言語」で、聴者の観客にも「表現力の豊かさが伝わるはず」と狙いを語る。

　手話に関心を持ったのは２年前。新型コロナウイルスの感染拡大で、映像配信が広まったことがきっかけだった。声が平板になるのが不満で、動きのある手話と字幕で表現するアイデアが浮かんだ。ろう者と知り合い、手話を学ぶうちに、自分の演劇活動が聞こえない人を排除していたことに気づかされた。

　「演劇の役割は、他者について考えること。聞こえない人がいることを可視化できたら」。昨年、ろう俳優の山口文子さん（４０）らと創作した「華指１８３２」は岸田国士戯曲賞の最終候補作に選出。今回、ＫＡＶＣからプロデュース公演の演出に抜てきされ、手話劇への再挑戦を申し出た。

　作品は、ハイジャックされた旅客機を撃墜し、スタジアムへの墜落を阻止した軍人の罪を問う。被告と検察官、弁護人と裁判長らの膨大なせりふが飛び交う作品だけにハードルは高い。

　手話は声より時間がかかるため、ペアの間で綿密なすり合わせが必要だ。役のイメージの共有も不可欠。手話を教える役割も担った山口さんは「どうコミュニケーションを取っていいか、初めは皆迷っていた」と振り返る。稽古開始は５月からと、小劇場では異例の長期間をかけて臨んだ。

　また、オーディションで全盲の女性も起用。せりふを発する場面では、聴者がいったん手話にし、ろう者がさらに自然な表現にする方法も試みる。

　「障害が理由で舞台に立つ機会がないなら、僕が作りたい」と３号さん。稽古の苦労は大きいが、「非効率的なコミュニケーションにこそ演劇の価値がある」との確信は揺らがない。

　今回は日本語字幕も使用。こうした観劇サポートは経費や機器などの課題もあるが、「観客層が増えることにもつながる」と関係者に意識改革を呼び掛ける。

　公演は１０月５～１０日で全１０回。一般前売り３５００円。障害者３千円など。ＫＡＶＣＴＥＬ０７８・５１２・５５００（ファクス０７８・５１２・５３５６）