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 読者からの投稿作品を紙面で掲載する「神戸新聞文芸」のエッセー・小説部門で、5月に入選した作品を紹介します。

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ニワトリの恩返し 新見光夫・作

 数年前のゴールデンウイークに帰省していた時の話です。

 その時期田舎に帰れば山菜採りに行くのが楽しみ。その時も女房と2人でミョウガ、フキ狙いの山に入った。どの山に入れば何が採れるかは子供の頃から心得ている。

 そしてかなりの収穫がありそろそろ帰ろうかなと思っていた時、近くの草ヤブでガサガサッと音がした。なんだろうと近づいて見て驚いた。なんとそこにニワトリがいたのです。怯(おび)えた様子で突っ立っていた。どうしてこんな所にニワトリが?と思ったが放っておけばイタチの餌食になるのは目に見えている。とにかく連れて帰ってやろうと捕まえると暴れる事もなく温和(おとな)しく抱かれた。しかし不安だったのだろう、からだは小刻みにふるえていた。そして帰って聞いた近所の人の話で事情がわかった。村でニワトリを飼っているおじいさんが今朝もう卵を産まなくなったニワトリを山に捨ててきたと言っていたという。まずそのニワトリに間違いないだろう。だからと言って捨てたおじいさんに返しに行くわけにもいかない。さてどうしたものか、当のニワトリは見つけた時の怯えた様子など全く見せず放してやった庭を悠々と闊歩(かっぽ)していた。思案しているところに私が帰省していることを聞きつけた仲の良かった同級生Aが孫を連れてやって来た。久しぶりに逢(あ)ったAにニワトリの事を話した後2人は懐かしい思い出話に花を咲かせた。その間Aの孫はあのニワトリに大根の葉をやりながら楽しそうに遊んでいた。そしてAは帰る時「あのニワトリを俺に貰(もら)えないか」と言ったのです。なんでも孫が飼っていたウサギが最近死んで寂しがっているので代わりにあのニワトリを飼ってやりたいというのだ。そしてウサギを飼っていた場所はニワトリを飼うスペースが充分あるという。渡りに船とはまさにこのこと、私は気の変わらないうちにとすぐに連れて帰ってもらった。

 そして翌朝電話のベルが鳴った。受話器の向こうでAが弾んだ声で言った。

「おうい、あのニワトリが卵を産んだ」

「何ッ」。私は一瞬絶句、もう卵を産まなくなったニワトリではなかったのか。そのニワトリが卵を産んだということは不安なところを助けてもらったお礼に頑張って産んだのではないだろうかと思った。ツルの恩返しならぬニワトリの恩返しだ。

 Aとはその後も連絡を取り合っているがそれからもあのニワトリは時々思い出したように卵を産んでいたという。

 こんな嬉(うれ)しい話に出会えるのも田舎ならではだ。田舎を出てからもう六十数年、私も高齢となり顔見知りの親類も縁者も少なくなったが兄夫婦はまだ健在だしA以外にも数人の同級生がいる田舎には年に一度の帰省を楽しみにしている。

【にいみ・みつお 80歳・無職 尼崎市在住】

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