関山家で四代目棋士の利道九段(左)と長女で五代目となる穂香さん=大阪府島本町水無瀬2、囲碁サロン関山
関山家で四代目棋士の利道九段(左)と長女で五代目となる穂香さん=大阪府島本町水無瀬2、囲碁サロン関山

 囲碁で実力制の第1期本因坊戦を制した関山利一(りいち)・九段(1909~70年)らを輩出した関山家から今春、親子五代目の棋士が誕生する。日本棋院や関西棋院の歴史上、初の快挙。真摯(しんし)に棋理を追究する姿勢は、代々受け継がれてきた。父親で師匠の利道(としみち)九段(51)=大阪府島本町=から教えを受け、夢をつかんで五代目となる高校2年の穂香(ほのか)さん(17)=同=は「自分にしかできないことをしたい」と誓う。(小林伸哉)

 ■名門

 初代は、日本棋院関西支部(当時)の関山盛利(もりとし)四段(1875~1939年)。「現代囲碁大系 第十三巻」(講談社)によると、庄屋の長男で神戸の中学を卒業。碁のレッスン・プロの草分け的存在として活躍した。

 利一・九段は尼崎市生まれ。41年に第1期本因坊戦を制し「本因坊利仙(りせん)」を名乗った。第2期は病気による吐き気や衰弱に耐えながら果敢に戦ったが、挑戦手合第2局の最中に倒れ、防衛はかなわず。日本棋院から関西棋院に移籍。現在、ひ孫弟子まで50人近い棋士が巣立っている。

 三代目の利夫(としお)九段(37~92年)は、パンチ力のある碁を打ったといい、関西棋院第一位決定戦で2度の優勝を果たした。

 四代目の利道九段は、関西棋院の大手合で3回優勝するなど活躍。朗らかな人柄で慕われ、囲碁が題材の映画「碁盤斬り」に大工職人役で出演した。父が四十数年前に開いた関山こども囲碁教室(島本町)を引き継ぎ、熱心に指導しており、今春、普及への貢献をたたえる「第52回関西棋院賞・山野賞」に輝いた。

 「囲碁で負けを味わうと、人に優しくなれる。相手を思って、気持ちを想像する力が重要だ」と語る。

 ■狭き門

 男の子に「利」の字を命名してきた関山家。穂香さんには、同じ部首「禾(のぎへん)」の「穂」を選んで健やかな成長を祈った。

 穂香さんは3歳のころ囲碁を始め、中学2年の2022年1月、プロを目指して日本棋院関西総本部の院生に。強豪らとの戦いを前に涙することもあったが「メンタルが鍛えられた」。利道九段は「碁が終わったら、楽しいお父さんに戻る。真剣に遊ぶのが大事」。一緒にキャッチボールや釣りなどを楽しみ、気持ちをほぐしてきた。

 24年1~11月、十数人が競う院生リーグで100局以上を打ち、総合得点5位(うち女子8人中1位)の好成績を収め「女流特別採用推薦」制度によるプロ棋士採用が決まった。4月1日付で入段する。

 プロ棋士になるには院生手合の好成績など厳しい基準があり、19年以降で日本棋院が年間7~13人、関西棋院が同0~4人の採用にとどまる。現役棋士は3月1日時点で日本棋院352人(うち女性79人)、関西棋院136人(同26人)。

 ■託された手帳

 渋い。そして「堅実無比」。実力制初代の本因坊位に就いた利一・九段の棋風は、そう称されてきた。長男の利夫九段は「現代囲碁大系 第十三巻」で「白番の絢爛(けんらん)たる打ち回しが魅力的」とも評し、「昔の碁の底力」「超モダンな感覚も感じます」と記した。

 歴代の棋譜を研究してきた利道九段は、共通する棋風を「クセがないオールラウンダー。石の軽重強弱を重んじて『囲碁とはどういうものか』と棋理を追究してきた」という。

 利道九段が小学生時代、父の利夫九段は囲碁の本質を手帳に書き、教えを説いてくれた。19歳のときに他界した父の教えは、ずっと支えになってきた。そして、穂香さんにも幼い頃から手帳を見せ「響く手を打て」などと心得を伝授。著書「秘伝! 囲碁・中盤戦の本質がわかる5つの極意」(マイナビ出版)にまとめ、ファンとも共有する。

 ■奮起

 穂香さんは「この家に生まれたからこその貴重な経験をさせてもらった」。院生リーグでしんどかったときに「先代がつないでくれたものを、私で終わらせるわけにはいかないと、奮い立たせてくれた」と語る。

 ほぼ毎朝、起きるとすぐに棋譜並べに取り組む。利道九段は「穂香が碁石を打つ音で目覚める。継続できるところがすごい。最大の武器」とたたえる。

 穂香さんは「性格は平和主義者」だが「純粋に強くなりたい」と意気込む。「お父さんにほめられたらうれしい。いっぱいほめられる手を打ちたい」と憧れる師匠の背中を追う。

 「目に見えないものに支えられてきたのが関山家」と利道九段。「感謝の気持ちを忘れないように」と伝える。穂香さんはその言葉をかみしめる。