写真に写る叔母の高橋普子さん(左)を見つめる金子一恵さん=西宮市甲子園浦風町
写真に写る叔母の高橋普子さん(左)を見つめる金子一恵さん=西宮市甲子園浦風町

 もし、生きていたら-。阪神・淡路大震災から31年となる今でも、西宮市の金子一恵さん(75)は時折、叔母の高橋普子さん=当時(65)=に思いを巡らす。年齢は20歳も離れていたが、一緒に買い物に出かける姉のような存在だった。(池田大介)

 1995年1月17日早朝、西宮市の自宅で被災した。夫と子どもに大きなけがはなかったが、リフォームしたばかりの自宅はガラスの破片や倒れた家具が散乱。壁は崩れて日差しが差し込んでおり、後に全壊と判明した。