銘板前で亡き両親との思い出を振り返る岩井晴子さん(中央)。初めて長女大塚未来さん(左)と次女岩井ひなたさんを連れて訪れた=17日午前11時28分、西宮市奥畑(撮影・吉田敦史)
銘板前で亡き両親との思い出を振り返る岩井晴子さん(中央)。初めて長女大塚未来さん(左)と次女岩井ひなたさんを連れて訪れた=17日午前11時28分、西宮市奥畑(撮影・吉田敦史)

 目を閉じ、亡き人を思う。刻まれた名に触れ、存在を確かめる。「今年も来たよ」。あの日、なすすべがなく立ちすくんだ。がれきに向かって叫んだ。阪神・淡路大震災から31年となった17日、阪神間でも追悼行事が開かれた。悲しみを抱え、一日一日を歩んできた。震災後に生まれ、震災を学び、命について考えてきた。それぞれの思いを胸に、手を合わせ、鐘を鳴らし、祈りをささげた。

 「父さん、母さん、娘たちと一緒に来たよ」。岩井晴子さん(51)=大阪市西淀川区=は、父の甲斐茂さんと母文子さん=いずれも当時(56)=の名が刻まれた西宮震災記念碑公園(西宮市奥畑)の石碑の前で、手を合わせて報告した。今年は初めて、震災後に生まれた娘の大塚未来さん(28)と岩井ひなたさん(26)と一緒に訪れた。

 地震の直後、同市の実家に電話がつながらず、晴子さんは急いで駆けつけた。1階がつぶれ、声をかけても応答がない。「お父さんは小学校にいる」と近所の人に聞いて、探しに行ったが姿はなかった。