「お好みスティック」とは、尼崎は出屋敷のソウルフードである。お好み焼きの生地を棒状に焼き、竹串に刺したもの。これでもか、と言わんばかりにかかった太いマヨネーズが特徴だ。阪神出屋敷駅前にある商業施設「リベル」地下の店舗で売られていたが、2003年に閉店。20年以上の時を経て23日、開明中公園(尼崎市開明町2)で開かれるイベントで一夜限りの復活を果たす。(土井秀人)
「それって、はしまきやろ?」と言われると、出屋敷民は「ちゃうわ!」と怒る。はしまきは、割り箸に薄いお好み焼きを巻いた定番の屋台グルメだが、似て非なるものという。
お好みスティックを販売していたのは「尼出(あまいで)」という店舗。ダイエーの横にあり、子どもたちはほおばりながら、親の買い物を待った。1本100円の時代もあり、小中学生が小銭を握り締めて通った。持ち帰りは内側がアルミの紙パックに入っており、学校から帰っておやつ用にテーブルに置かれていると、喜んだ。
催しを企画した多田銀次郎さん(40)は「リベルを中心に北は国道2号、南は43号、東西は駅一つ分ほどの人のソウルフードでは。武庫之荘の人には全然通じない」と笑う。ざっと計算すると1・5平方キロメートル圏内で、スーパーの少なかった時代にリベルのダイエーを利用していた人たちが食べていたという訳だ。
まちづくりに携わり「尼崎で一番都合のいい男」を標榜(ひょうぼう)する多田さんは、お好みスティックが話題になると異常に盛り上がることに気付いた。そこで昨年8月、阪神電鉄と尼崎信用金庫が取り組む「てらまちプロジェクト」の一環で、復活させる催しを企画した。
思い入れのある出屋敷民たち十数人で実行委員会をつくり、記憶を頼りに再現を試みた。かつて尼出でアルバイトをしていた女性や、ホテルオークラ出身の総菜店のオーナシェフらと一緒に試行錯誤。利きマヨネーズをするなどし、かなり近い味に仕上げたという。
催し当日、反響は想像をはるかに超えた。販売開始は午後4時だったが、3時過ぎから人が並び始めた。「介護施設に入っているおばあちゃんに食べさせたい」「子どもに持って帰る」。町内会の連絡網や同級生のLINE(ライン)グループで広がり、行列は2時間待ちになった。調理は約1キロ離れた総菜店で行っており、製造の限界となる計600本をピストン輸送してしのいだ。
みんな喜んでくれたが、そこはソウルフード。「なんかちょっと違うわ」「それなりの味やね」「近づけようとした努力は認めよう」と厳しめの声もあった。
今年は、前年の催しを知った尼出店主の息子がレシピを提供してくれた。ソースのブレンドや生地の配分が分かり、さらに再現度が高まった。調理を担当する藤村友彦さん(44)は「感動する味じゃなくて、ほっこりして、安心する、お好みスティックの味にできた」と胸を張る。
23日のイベントでは、午後3時半から開明庁舎2階「AMA-NEST」で整理券を配布。老舗串カツ店「出屋敷あさひ」も出店する。AMA-NESTも会場となり、リンゴあめやかき氷の販売、スーパーボールすくいなどもある。多田さんTEL090・3285・3276
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■「ガサキから食の魅力発信を」 洋風総菜店を営む 調理担当の藤村友彦さん
お好みスティックの調理を担う藤村友彦さんは、出屋敷でデリカテッセン(洋風総菜店)「ガサキックス ラボ」を営む。尼崎愛から、店名には「ガサキ」を付けた。「『アマ』は工業のイメージだが、地元産の野菜など食の魅力を発信できる店にしたい」と語る。
ホテルオークラ神戸で料理の道に入り、尼崎市内の高齢者施設の料理人を17年務めた。その間、副業で出張料理人を始め、還暦やお食い初めなどの祝い事の席で腕を振るった。多い時は年間110件をこなし、休みの日には日本料理店に勤めて懐石料理を学んだ。
そうして腕を磨き、2022年にデリカテッセンを開いた。フレンチがベースの店だが、立地は地元の阪神沿線にこだわった。「商品名が横文字で分からん」と言われたこともあるが、今や「アンチョビポテトくんせい煮卵」が一番の人気に。看板商品は尼崎産の「あまやさい」や「尼の生醤油(なましょうゆ)」を使った「ガサキッシュ」だ。
イートインではコース料理を提供する。出張料理人も続けており、相変わらずの多忙ぶり。「料理で彩りを届けたい。店でもイベントでも、まちを盛り上げていきたい」
























