兵庫県西宮市の甲子園球場で行われ、大阪桐蔭の優勝で幕を閉じた第94回選抜高校野球大会。21世紀枠で春夏通じて初出場の福島県立只見高校は、大会4日目(3月22日)に大垣日大(岐阜県)との1回戦に臨み、1-6で敗れた。神戸・東灘高校の生徒は、吹奏楽部のない只見高の友情応援としてアルプス席から演奏を届けた。持ち味の全力疾走をやり遂げた只見ナインに「励まされたし、勇気をもらった」と感謝する一方、かけがえのない思い出とともに「忘れ物」が残った。「取りに戻れたら」。東灘の生徒は再び甲子園で応援できることを願う。
只見高は生徒数が1学年約30人の小規模校で、野球部員もわずか13人。新潟県に隣接する豪雪地帯で、3月でも1メートル以上の積雪がありグラウンドが使えない。
部員の中には2011年の新潟・福島豪雨で被災した生徒もいる。さまざまな制約、困難を乗り越えながら昨秋の県大会で創部初の8強入りを果たしたことが評価され、21世紀枠で甲子園の切符をつかんだ。
大垣日大との試合は雨の影響で大幅にずれ込み、開始は午後6時を回った。
ナイター照明がともる中で守備位置に散る只見ナイン。肌寒いグラウンドでも、只見ナインに硬さは見られなかった。相手の先頭打者の飛球をがっちりと捕球した中堅手は、満面の笑みで内野手に返球した。
◇
学校のある只見町は人口が約4千人しかおらず、町民や只見高校の関係者だけでは空席が目立ちそうだった。そこで、被災地ボランティアで福島県と縁がある神戸の複数の高校が、同県の高校野球連盟などを通じて友情応援を引き受けた。
当日は生徒や教職員、計約200人が駆け付けた。福島の人々と一緒に、只見高のチームカラーである緑色のジャンパーを羽織って一塁側のアルプス席を埋めた。
大応援団の一角に、神戸の高校生の合同ブラスバンドが陣取った。東灘高(神戸市東灘区)と神戸鈴蘭台高(同市北区)の両吹奏楽部計約40人で、只見の攻撃中の応援曲を演奏した。
東灘高の吹奏楽部はこれまで、新型コロナウイルス禍の入場制限に伴い、兵庫県大会での自校の応援でさえ生演奏の経験がなかったという。
屋内とは違う音の響き、試合展開に合わせた曲の切り替え。ただでさえ慣れない上、神戸鈴蘭台高の部員とはスケジュールの関係で当日初めて音を合わせたばかり。不安を抱えながらプレーボールを迎えた。
「序盤は曲を間違えることもあって、だいぶバタバタした。余裕がなく、試合をちゃんと見られたのは守備のときだけ」と部長の中田奈歩さん(17)は振り返った。
打順が一回りし、ようやく音が合い始めてきた四回に、試合は動いた。
2点を追う只見は2死一、三塁のチャンスを作り、打席に5番の山内友斗捕手が入る。「ウィーウィルロックユー」のメロディーがグラウンドに響く。反撃の期待で、ボリュームは増していた。
応えるように山内捕手が鋭くはじき返した打球が、ライト前の芝生に弾む。チーム初安打が初得点をもたらした。スコアボードに念願の「1」が刻まれた。
中田さんたちは、高らかにヒットファンファーレを演奏した。緑の大応援団が揺れ動き、赤色混じりのメガホンを打ち鳴らす。只見高の校章でもあり、雪解けの頃に赤い花を付ける「ユキツバキ」をイメージした配色という。アルプス席にも春が訪れたようだった。
しかし、この回に一挙同点とはいかず、その後は打線が相手のエースに封じ込まれた。
好投、好守で接戦に持ち込んだが、終盤に突き放されて力尽きた。
◇
大会の開幕前、只見高の野球部は練習試合のため東灘高を訪れ、吹奏楽部とも対面していた。中田さんがエールを送ると、吉津塁主将は「自分たちの野球をしっかり披露する」と力強く答えてくれた。
約束は果たされた。中田さんたちがアルプス席から見た選手たちは、憧れのグラウンドで文句なく躍動していた。守備固めや代打で控えていた4人も全員出場。攻守交代はもちろん、三振してもベンチまでの全力疾走を欠かす選手はいなかった。爽やかですがすがしい野球だった。
「甲子園で演奏できるという貴重な機会をもらえたことに感謝しかない」と話す中田さん。「試合中はグラウンドまでちゃんと音が届いているかなあと心配だったけど、テレビ中継の録画を確認したら聞こえていたのでほっとした」といい、「少しでも選手たちの力になれていたらうれしいです」と振り返った。
ただ、一つだけ心残りがあった。この試合のハイライトとも言える四回のことだった。
チーム初安打、初得点をたたき出した、山内捕手のタイムリーヒットの場面だ。合同ブラスバンドはヒットファンファーレを吹いた後、試合の進行に合わせてすぐに次打者の応援曲に切り替えていた。そのため、得点時のために用意していた楽曲を一度も奏でることができなかったという。
ゲーム「サクラ大戦」の主題歌「檄!帝国華撃団」という楽曲で、本人たちの希望を基に選曲した選手別の13曲と同じように、一生懸命準備してきた。「難しい分しっかり練習してきたので、余計に後悔してしまって」と副部長の豊川瑞菜さん(17)。
あの時、走者がホームを踏んでから次打者への投球までおよそ30秒。「安打」と「得点」をてんびんに掛け、真っ先にサクラ大戦を選曲するべきだったかもしれない。
とはいえ、チーム初安打の場面だ。ヒットファンファーレを選んだこと自体は誤りでない。あの演奏に乗ってアルプス席は高ぶり、沸いた。
豊川さんは「これも大事な経験。臨機応変な演奏を磨きたい」と前を向きつつ、「かなうならもう一度只見高の応援で演奏したい」と願う。
次はしっかり得点を祝って、押せ押せムードを演出する。今夏、只見ナインが雪辱に甲子園に戻ってきたら、自分たちもアルプス席に「忘れ物」を取りに行きたいと考えている。(井上太郎)
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