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煙が立ちこめ、緊急車両の赤色灯で町中が不穏な赤に染まった=神戸市長田区
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煙が立ちこめ、緊急車両の赤色灯で町中が不穏な赤に染まった=神戸市長田区
最初の現場となったリサイクル業者の倉庫で消防隊員が消火活動が続き、住民たちは不安そうに見つめた=神戸市長田区
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最初の現場となったリサイクル業者の倉庫で消防隊員が消火活動が続き、住民たちは不安そうに見つめた=神戸市長田区
夜が明け、現場を調べる消防隊員ら=神戸市長田区
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夜が明け、現場を調べる消防隊員ら=神戸市長田区
不審火が続発したのは木造の古い民家や空き家が密集する地域だ=神戸市長田区
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不審火が続発したのは木造の古い民家や空き家が密集する地域だ=神戸市長田区
神戸新聞NEXT
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 10、11月に放火とみられる不審火が多発した兵庫県神戸市長田区。人目につかない路地や民家の陰などで次々と出火し、11月15日には一夜に少なくとも5カ所が燃えた。一帯が煙に包まれたあの夜。混乱に陥った状況を、消防隊員や火元の住民が証言した。

■「石油臭くない?」

 古い民家や商店が連なり、すれちがうのも難しいぐらいの細い路地が入り組む「下町」。消防車や救急車、パトカーのサイレン音がこだまする。煙に乱反射した赤色灯の光が赤く染めた。

 午後9時前、国道2号沿いにある2階建ての店舗兼住宅(長楽町4)。1階には住人夫婦が切り盛りするクリーニング店と、賃貸で家電店が入る。夕食を終えた夫婦は2階でまどろんでいた。

 テレビを見ていた妻(78)が、不意に夫(84)に言った。「石油臭くない?」。少し前に出したストーブを確かめたが、電源は切れている。

 裏路地から音がした。パチパチと竹がはじけるような音。夫は気になり、トイレのスライド窓から顔を出した。薄闇の中、自宅の壁際が赤くなっているのが見えた。燃えている。

■「これはあかん」

 右膝が痛む夫の代わりに、妻が慌てて階段を駆け降りた。勝手口を開くと、腰ぐらいの高さまで炎が上がっていた。「これはあかん」

 通りがかった若い男性に「火事や、火事や、助けて、助けて」と駆け寄った。その男性は119番の後、近隣に呼びかけて消火器をかき集めてくれた。

 近隣住民の手を借り、5本以上を噴射した。すぐに消防も到着し、まもなく鎮火。「ご近所のみなさんも駆け付けてくれて。私一人ではどうしようもなかった」。壁際にあった灯油タンクや電化製品が焼け、火は2階の居室の高さに迫っていた。

■「そっちじゃない!こっちや!」

 夫は通報しようと119番にかけたつもりが、無意識に110番を押していた。状況を伝えようにも、早口に「火が燃えてんねん!」と繰り返すことしかできなかった。

 薄いシャツとももひきのまま、表通りに立った。寒さは感じない。消防車の到着を待っていると、すぐにサイレンの音が近づいてきた。「こっちや! こっちや!」。身ぶり手ぶりで合図を送った。

 ところが、消防車は減速せず、そのまま目の前を通り過ぎていった。「そっちじゃない!」「こっちや!」。思わずいらだち、叫んでしまった。

 夫婦は救急車の中で事情を説明し、他の場所でも火災が起きていることを知った。後日、警察官から「放火の可能性がある」と伝えられ、妻は防犯カメラの画像を見たが、映っていた男に心当たりはなかった。

 しばらくの間、夜眠るのが怖かった。夫は「もし深夜で寝静まった後だったら、もし外出中だったら」と語り、声を震わせた。

 「町が火の海になっていたかもしれない」

■「まさか自分の家だったとは」

 午後10時半ごろ、長田区腕塚町7の自宅でテレビを見ていた男性(44)は、いつまでも鳴りやまないサイレンが気になり、ベランダから顔を出した。焦げ臭さが鼻を突く。下に目をやると、知らない女性が電話をしていた。

 外へ出ると、その女性が言った。「燃えてました」。自宅の裏に置いてあったほうきが焼け、足元に焦げた毛が散乱していた。

 「女性は偶然通りがかったようで、すぐに消して通報してくれました。近くで火事かと思ったら、まさか自分の家だったとは」

 突然、路地から消防隊員が現れて驚いた。警察官もいる。計10人くらいだっただろうか。心を落ち着かせ、状況を説明していると、隊員の無線が鳴った。

 「次は二葉町や!」。一人が声を張り上げ、隊員たちは一斉に南の方へと走り出した。

 木造2階建ての自宅は、国道から細い道を20メートルほど入った場所。両隣とは、ほぼ密接している。人通りは少ない。当時、高齢の両親が家にいた。「誰も火に気付いていなかったら」と思うと、血の気が引く。

■「尋常じゃないことが起きている」

 午後8時過ぎから午後10時ごろまでの約3時間に、10件近い火災の通報があった。「木造密集市街地」。いつ燃え広がってもおかしくない。

 各現場は直線距離で約250~500メートル。その狭い地域に、市内全域から消防車両計約40台、総勢100人以上の隊員が駆け付けた。長田警察署では、すでに帰宅していた署員の大半にも呼び出しがかかった。

 長田消防署大橋出張所の男性隊員(39)は、第1現場となったリサイクル業者の倉庫(本庄町7)へ急行した。到着すると、北の窓から炎が噴き上げていた。

 小隊長としてホースの巡らせ方を指揮し、次第に火勢は弱まった。幸いこの現場の北側は駐車場。逃げ遅れもなかった。「くすぶる炎をどう消し止めるか」。そう考えていると、防火ベストの胸の辺りに付けていた無線が鳴った。

■「一晩で5件は聞いたことがない」

 北へ歩いて10分弱の店舗兼住宅でも、火が上がったという。近くで2件が続くのは珍しい。「でも、ないことはないか」と目の前の現場に集中した。

 しかし約1時間後、さらに別の民家で火災が発生したことを無線で知る。また近い。ここで直感した。「尋常じゃないことが起きている」。連続放火の可能性が頭をよぎった。「どこまで続くのか…」

 住民による初期消火もあって延焼は防いだ。負傷者も出さなかった。ただ、消火活動が一段落し署へ戻ると、ベテランの同僚から言われた。「さすがに一晩で5件は聞いたことがない」

 いずれの現場も、ポストや排水パイプなど建物の間近にあったものから出火したとみられる。

     ◆

 翌16日、日が昇ってからも不審火の痕跡が見つかった。県警が11月、長田区南部の半径500メートル圏内で確認した不審火は計9件。10月にも複数あった。

 今月5日、連続放火事件も視野に捜査していた兵庫県警は、11月15日夜に燃えた店舗兼住宅への放火容疑で、神戸市長田区の会社員の男(37)を逮捕した。調べに「他にも数件やった」と供述しているといい、一連の不審火との関連を調べている。(千葉翔大、大田将之)

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