スーパーや飲食店が立ち並ぶ神戸市垂水区の幹線道路沿いのテナントビル。小学校の教室より少し狭い一室の壁沿いに机が並び、一つずつ仕切られている。小中高生向けの個別指導塾だ。
テキストを解く子どもたち2人に対し、講師が1人。そばの丸いすに座って見守り、「進み具合はどう?」と声をかける。
多くは20歳前後の現役の大学生だが、1人だけ白髪の男性がいる。垂水区に住む伊藤雅人さん、72歳。信用金庫とグループ企業で64歳まで勤め上げ、放課後児童クラブの支援員をへて、今年4月に「再々々就職」した新人講師だ。
この日の担当は、小学生の国語と算数。塾の方針で、一方的に教えるようなことはしない。質問を受けて、それに答える。
何が分からないか、言葉にできない子も多い。一緒に問題に向き合い、文章題なら絵を描いてあげる。学力レベルに合わせて、問題を変えてみる。
「自分の個性は出しづらいですけど、子どもたちに一定の水準の指導を提供できるわけですからね。まだまだ勉強中です」
夏や冬の講習期間を除けば、授業が始まるのは早くても午後4時半。伊藤さんは、その半日ほど前に起床し、2階の書斎で中学生の数学や英語のテキストを解く。
午前5時半、妻が起きてくる。長男と長女が独立し、今は2人暮らし。1階で朝食を済ませると、グループ企業を定年退職してから続けるルーティンに入る。
1時間かけて、ストレッチに体操、筋トレ。発声練習を兼ねて、古典の源氏物語や方丈記を素読する。
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「えー、いまさら年齢的に無理ちゃう」
今年2月、塾講師になろうと決めて長男に明かすと、あきれられた。家庭教師の会社を運営し、業界に詳しい長男。「どうしたらいいん」と食い下がる。
「『何でもはせ参じます』『いつでも行けます』とか言わないと採用されへんのちゃう」「いうても、合格率は10パーか20パーくらいやと思うけど」
どこまで本気か分からないようなアドバイスが続く。とはいえ、そこは家族。「家にたくさんあるから」と採用試験に役立ちそうな教材を持ってきてくれた。
時間的な問題もあった。放課後児童クラブとの契約が3月末で切れるため、就職の目標は4月。準備期間は、長く見積もっても2カ月しかない。
長男から受け取った教材のほか、長女にも協力を求め、高校受験を終えたばかりの孫の参考書を回してもらう。英数国の3教科に絞り、長い日で8時間、机に向かった。
並行して講師の求人を調べ、五つの塾に応募した。丁重なお断りメールが返ってくる中で、一つだけ、電話で申し込んだその場で「面接と学力試験、適性テストをしますので受けにきてください」と言われた。
指定されたのは、3月25日。チャンスをつかみ取るために、恥を捨てた。学力試験では、分からなくても答えを書き、空欄は一つもなかった。
2日後、電話がかかってきた。面接で経歴を詳しく尋ねてきた教室長に採用を告げられ「これまでの体験を子どもたちに話してあげてください」と伝えられた。年齢のことは、触れられなかった。
妻と長男、長女の家族でつくったLINE(ライン)のグループで報告した。全員が、既読スルー。「就職祝、熱烈歓迎」と添えたのが余計だったのかもしれない。
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余韻に浸りつつ、求められたことを確認する。72年間の人生を、言葉でどう子どもたちに表現するか。
記憶をたどっていくと、姫路で過ごした幼少期は、口べたで、人見知りだったように思う。例えば、八百屋へのお使い。母が書いてくれたメモを手に、店先でじーっと立っていた。
野里小学校に入り、高学年になると、成績が上がって自信がつき、児童長になった。広嶺(こうりょう)中学校でも生徒会長になり、校内の弁論大会で優勝。姫路西高校を卒業後は、テレビ番組で見た弁護士の姿に憧れ、早稲田大学法学部に進学した。
娯楽にあふれた、東京での下宿生活が始まった。
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社会に出ると、誰しもが漠然とした不安に直面する。自分は成長できているのか、本当にやりたいことは何なのか、誰かの役に立っているのか。64歳まで働き通してなお、自分のやりたいことにこだわり、挑戦を続ける伊藤さん。その姿を通して、「働く」ことの意味を改めて考えたい。(尾仲由莉)
























