(この連載は、WHOの自殺報道ガイドラインに則り、精神医療の専門家の助言を受けています。記事中、個人名の敬称は省略しました)
「黒幕って、ほんまなんか」
兵庫県知事選がSNSを席巻するようになったころ、そんな言葉が、竹内英明の支援者や同級生の会話で話題に上るようになっていた。

元民主党職員として働いていた竹内だが、その支持層は地元で「竹内党」とも言われるように、保守やリベラルの枠を超えて広がっていた。
2003年の姫路市議選では歴代最多得票で初当選。兵庫県議に転身した2007年以降は姫路選挙区では3回連続でトップ当選しており、周囲は竹内の地盤は盤石だとみていた。
選挙は、同級生や若手を中心とした手作りのスタイルが特徴だった。
支援者の女性(56)が振り返る。
「竹内さんの妹と私が交代で選挙カーに乗って、運転手は同級生が仕事を休んでずっと、みたいな感じ。でも、回っていると地元の人に支援されてるのがすごく分かる。地元の砥堀(とほり)の人は味方よ、と思っていた」
その足元が揺らぐ。姫路ゆかたまつりをめぐる発言が拡散されると、「デマを流したのか」「本当のところはどうなんや」という声が、じわじわと広がっていった。
「なんで、何の確認もされていない情報を信じるのか。訳が分からなかった」とこの女性は話しつつ、身近であったこんな会話を教えてくれた。
「知人の中学生なんですけど、YouTubeやSNSを見て『斎藤さん、めっちゃいい人やん。みんなだまされとったんちゃうか』って言うんですよ」
竹内の同級生たちも、戸惑いを感じていた。
SNSで時々やりとりしていた大阪府の女性は、兵庫県知事の「疑惑」に関する報道が突然増え、テレビ番組に竹内が出演しているのを見て驚いた。
「斎藤さん批判のテレビ報道が、すごいテンションになっていた。竹内君のことは信じていたけれど、私たちですら本当は何があったのか、パワハラやおねだりがそれほど問題なのか、よく分からなかった。犯罪とか汚職とかではないし…」
十数年来の友人は、「竹内はやりすぎなんちゃうか」という声を聞くようになり、心配になって本人に電話をかけた。
・身近な人たちの信頼が揺らいでいく中で、選挙の夜、竹内と妻はどんな言葉を交わし、なぜ「辞める」という決断にたどり着いたのか。
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