(この連載は、WHOの自殺報道ガイドラインに則り、精神医療の専門家の助言を受けています。記事中、個人名の敬称は省略しました)

 議員を辞めれば、すべてが終わると思っていた。兵庫県議だった竹内英明は、周囲にそう漏らしている。

 

 だが、終わらなかった。

 知事選で「自身の当選は目指さない」と宣言し、斎藤元彦を支援した「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志が追い打ちをかける。

 「竹内は逃げた」

 矢はなおも飛んでくる。

 「辞めたのは、やましいことをしていた証拠だ」「説明もせずに、卑怯者」。発信はネット上の匿名の声と混じり合い、「辞職」そのものを責め立てた。

兵庫県知事選後、竹内英明元県議らについて言及する立花孝志氏(立花孝志のYoutubeから)

 兵庫県知事選は斎藤元彦の勝利で終わった。県議も、県議会の調査特別委員会(百条委員)も辞め、竹内が政治から離れたことで、家族は少しずつ心を落ち着かせていった。竹内自身はそうはならなかった。

 「不安で眠れない」「悪い夢を見るんだ」と訴え、病院で受診している。医師は「あなたの場合は、ストレスの原因がはっきりしている。情報は遮断するように」とアドバイスした。

 妻は振り返る。

 「一生懸命仕事をしてきたはずなのに、なんでこんなことになったのだろう、と。主人は『自分は間違ったことをしていない』とずっと言っていました。私に申し訳ない、子どもに何もできないと嘆いて」

 選べる道は、限られていた。

 「私たちはとにかく負けを認めて、議員をやめて、百条委員でなくなることで身を守ろうとしました。それでもなお責任を問われ、疑惑があると追及される。あの時、声を上げることなんて到底無理でした。何もできなかったんです」

 当時、竹内と連絡を取っていた県職員がいる。

「ネットではいろいろ言われているんでしょうね」。竹内から電話があり、職員が口を開き掛けた瞬間、竹内は「あ、いいです、いいです」と自らさえぎった。

 職員は当時をこう話す。

 「気になって仕方がないけれど、知るのが怖い。そんな感じでした」。自分がネット上でどんなふうに書かれているか。竹内はおびえながら、確かめることもできずにいた。

兵庫県議会の百条委員会の証人尋問に応じる片山安孝元副知事=2024年12月25日、神戸市中央区の兵庫県庁

 そんな状態でも、「命をかけた」百条委員会だけは向き合おうとした。

 12月25日。前副知事の片山安孝と、知事に再選した斎藤元彦の証人尋問が始まる。

 竹内はリビングのパソコンで、中継画面を見ていた。

 最初に片山が証言台に立つ。

 「竹内さんは、公用パソコンの中に何があるかを知っとったのかもしれない。これは推測です」

 「竹内さんについては、火のないところに煙は立たないということですけども、非常に言われていますね。元西播磨県民局長の奥様のメールの作成に関与してたんじゃないかと。また、本人の陳述書の作成に関与してたんじゃないかと(中略)疑惑ですが、私も疑惑を言われていますから、疑惑を言わせていただきました」

 「推測」「疑惑」という言葉を添えながら、竹内の名を繰り返した。

 百条委員の増山誠も質問の中で、竹内に触れた。

 「竹内元県議は、姫路ゆかたまつりではパワハラの事実があったとして質問した」

 「(竹内元県議は)誘導尋問、高圧的な尋問、デマに基づく尋問、関係者への脅し・強要、まさに百条委員会の信用を失墜させる行動のオンパレードでありますけれども」

 片山や増山の証言の一部は、その後の捜査で裏づけられなかったり、後に「事実誤認」との理由で一部が修正されたりしている。

 片山の後、証言台に立った斎藤も増山の質問にこう応じている。

 「ゆかたの件については公民館に私は行ってもないですし、(中略)怒号を発したとかってこともしてませんので、そういったことがあたかも事実であるかのように元県議が言われたことは、大変、私自身も心が痛みまして、ショックでした」

 

 連載の1、2回(ゆかたまつり編)で見てきたように、斎藤が「公民館に行ったか」「怒号を発したか」について、竹内は一度も言及したことはない。

 それでも、「疑惑」「デマ」「高圧的」といった重い言葉が竹内の名前とともに議事録に残った。

 竹内本人は、そこにいない。リビングのパソコンの前で、自分の名前が何度も出てくるのを、妻と一緒に聞いていた。

 百条委が終わった後、竹内は何かを諦めたように、ぽつりとつぶやいた。

 「ほら、やっぱり」

 画面を閉じると、立ち上がって2階の自室に向かった。

 2024年が終わり、2025年が明けると、竹内はぼーっとして過ごすように見える時間が増える。

 ほとんど話さなくなり、妻が作った好きな食べ物にも箸が進まない。人の視線におびえ、カーテンのすき間から自宅の外をそっと確認することもあった。「この自宅にいることも怖いんだ」と漏らした。

 ずっと大切にしてきたものも「全部いらない」と言って、処分した。議員時代から収集してきた膨大な資料や記録も業者に依頼して廃棄し、事務所も引き払った。

 妻は言う。

 「過去から逃れたかったんでしょう」

 竹内には、もう、ほとんど何も残っていなかった。

 1月17日。阪神・淡路大震災から30年の追悼行事を伝えるテレビを、竹内はリビングで黙って見つめていた。(「民意×熱狂」取材班)

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