3月30日、ウエディングドレスに身を包み、結婚式に臨む横山千夏さん=三田市大原(提供)
3月30日、ウエディングドレスに身を包み、結婚式に臨む横山千夏さん=三田市大原(提供)

 3月30日、兵庫中央病院(兵庫県三田市大原)で、夫婦が結婚式を挙げた。家族や友人だけでなく、医師や看護師ら約40人が列席。会場となった病棟内の食堂は、風船などで飾り付けられ、普段と打って変わって華やかな雰囲気に包まれた。

 純白のウエディングドレスに身を包み、笑顔を見せたのは、同市の横山千夏(ちか)さん(44)。胃、卵巣、骨にがんを患い、昨年から同病院で入院生活を送る。

 投薬中で、痛みもある。車いすでの挙式となったが、体を支えられ、夫の康隆さん(44)の隣に立つこともできた。用意されたケーキや、集まった多くの人に、思わず涙があふれた。

 この日のきっかけは、昨年、仲のいい看護師に「私、やり残したことがあんねん」と打ち明けたこと。康隆さんとは2018年12月25日に入籍したが、結婚式を挙げていなかった。

 今年に入り、その看護師の異動予定を知った。「ほんまに優しくて世話になったから。その人にどうしてもウエディングドレスを見せたくて」と、横山さん。

 当初は家族での写真撮影のみを予定していたが、看護師らが協力。主治医の中村吉貴医師(64)が神父役を引き受けてくれるなどし、院内での式が実現した。

 式を振り返り、「ちっちゃい式のつもりやったのに、すごく良くしてくれて。数人しか呼んでなかったのに、友達も友達を呼んでくれたみたいでびっくりした」。感謝とともに、自らの思いを口にして伝える大切さを実感したという。

 そして今、胸にあるのは、人生の最終段階における医療やケアについて家族らが考えを共有する「人生会議(アドバンス・ケア・プランニング、ACP)」という取り組み。結婚式後に知った言葉だが、「もっとたくさんの人に知ってもらいたい」と強く思う。

 ACPが、横山さんの心に強く響いた背景には、母親に対する後悔がある。

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■急病で倒れた母親「今までありがとう」言えてない後悔

 ちょうど2年前の24年4月、介護福祉士の横山さんは市内の高齢者施設で働いていた。

 夜勤中、急な胃痛に襲われた。耐えながら働いたが、夜勤明け、たまりかねて病院へ。検査の結果、ステージ3の胃がんと診断された。手術で胃の一部を切除し、抗がん剤治療が始まった。

 「がん家系でもなく、自分ががんになるなんて、考えもしなかった」。年末年始なども出勤するなど、仕事漬けの日々を過ごしたことが脳裏をよぎった。「旦那の実家にも顔を出さず、自分の実家にも全然帰らず働いてた。暴飲暴食もしてたし、それもあかんかったんかな」

 がんになり「お父さんもお母さんもショックやったと思う。代わってあげたいって言ってくれて…」。両親に心配をかけたことも、心に暗い影を落とした。

 ただ、約1年にわたる闘病の結果、転移はみられず、病状も落ち着いたことから、社会復帰を検討し始めるまでになった。

 しかし、予期せぬ事態が起こる。25年5月、母親が急病に倒れた。寝たきりになり、コミュニケーションもままならなくなった。

 「本当にショックで。今までありがとう、とかも全然言えてなくって」と、声を震わせる。

 「自分ががんになった後も、家族で何がしたい、とか全然話してなかった。もう話せなくなるなんて思いもしなかったから。お母さん、助けてほしかったんかな、こんな状態になるんやったら、死なせてほしかったんかな。話ができるうちに、しゃべっといたら良かった」

 その頃、追い打ちを掛けるように、横山さんにがんの転移が見つかった。

 「母親が倒れて1週間くらいやったか。今度は背中が痛くて。しばらく我慢してたけど、本当に痛くて、救急車で運ばれて」

 検査の結果、卵巣や骨への転移が分かった。卵巣を摘出するなどの手術を受けたが、「また抗がん剤治療。職場復帰するつもりやったけど、もう無理やって諦めて」。退職し、兵庫中央病院で治療に専念することになった。

 今、病室で繰り返し考える。「お母さんとのこと、ほんまに後悔。親って、うっとうしいときあるやん。お母さんが倒れる前、うっとうしがっとってん。ほんまに何しとったんやろうって」。涙が頬を伝う。

 母への悔いと、自らが向き合う病気と。だからこそ思う。「お父さんとかとは、そうならんように。後悔しない人生を送らなあかんって」

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 日本人の2人に1人ががんになる時代。ほかの病気に突然襲われることもある。私の人生、あなたの人生、どう生きるのか。病室で、横山さんの「願い」に耳を傾けた。(黒田耕司)

人生会議(アドバンス・ケア・プランニング、ACP)】人生の最終段階において、本人が望む医療、ケアについて、家族や主治医らと繰り返し話し合う取り組み。欧米で、体調の急変や認知症から、患者の意思決定が困難になるのに備える方法として普及。厚生労働省は2018年、愛称として「人生会議」と名付けた。一方、22年度の厚労省による調査では、72%超が人生会議を「知らない」と回答。認知度の向上が課題となっている。