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ギャルペーロンの思い出をたどる中塚令子さん(左)と平尾卓美さん=相生市本郷町
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ギャルペーロンの思い出をたどる中塚令子さん(左)と平尾卓美さん=相生市本郷町
中学3年の中塚令子さん(右)と平尾卓美さん(平尾さん提供)
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中学3年の中塚令子さん(右)と平尾卓美さん(平尾さん提供)
1986年、初めて相生湾を快走したギャルペーロン(平尾さん提供)
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1986年、初めて相生湾を快走したギャルペーロン(平尾さん提供)

■見てるだけやとつまらない

 兵庫県相生市、JR相生駅前の居酒屋「江戸屋」で、平尾(旧姓・森)卓美さん(51)と同級生の中塚(同・丸山)令子さん(51)に会った。店は75年前、中塚さんの祖母が始めたという。

 「そうやなあ、風が気持ち良かったよな」。顔を見合わせ、2人が36年前の出来事を話し始める。

 1986年春、双葉中学校の教室。当時3年生だった平尾さんは、朝礼で担任の先生にペーロン競漕(きょうそう)への参加を直訴した。

 造船所の社内行事から発展したペーロン競漕は、石川島播磨重工業(現IHI)の構内にある天白神社の神事として行われてきた。女性の乗船を禁じていた。

 校長先生に「ほんまに乗りたいんか?」と尋ねられ、平尾さんは「乗れるんやったら乗りたい! 見てるだけやとつまらない!」と言い切った。

 中学生でも男子は出場できた。70~80年代になると石油危機や円高による造船不況に見舞われ、同社も人員削減を迫られる。こぎ手が工場から去っていき、代わりに市内の男子中学生による学校対抗戦が行われるようになっていた。

 「男子はええな、授業さぼれて」。平尾さんと仲の良かった中塚さんも不満だった。授業中なのに、同級生の男子はプールサイドで櫂(かい)を振るっている。楽しそうな声に腹が立った。

 中塚さんは幼い頃から男の子と遊ぶことが多かった。地元の秋祭りでは、屋台の上で太鼓をたたく「乗り子」は男子に限られていたが、毎年、「私も上げて」と要求。大人たちは「女の子やからなあ」と困った顔をした。

 「女のくせに」と言われると怒鳴り返した。「なんかね、男子だけペーロン舟に乗れるのは、男女差別やって思ったんですよ」。中塚さんが遠い日の胸の内を振り返る。

 その年の5月、平尾さんの直訴が実り、余興レースで初めて女子の乗船が認められた。2人で同級生や後輩に声を掛けると、すぐに40人以上が集まった。教室に椅子を2列に並べ、タオルを伸ばして櫂で漕(こ)ぐ練習をした。キャプテンを務めたのは中塚さんだ。「男子にできて女子にでけへんことはない」。そう確信していた。

 日差しがきらめく相生湾。「ギャルペーロン」と町中から注目された女子生徒たちは2艇に分かれ、約300メートルを快走した。平尾さんは櫂を振るい、中塚さんは太鼓をたたいた。「ドン、デン、ジャン、そーれ!」。威勢の良い掛け声が湾内に響き渡る。海と空がつながってるように見えた。

 ギャルペーロンは翌年に市内の全中学校に広まり、92年には本レースに女子の部が誕生。相生にペーロンが伝わり、70年がたっていた。(地道優樹)

【バックナンバー】
(2)中止の危機
(1)播磨造船所

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