船上で震災当時を振り返る漁光弘さん=明石海峡(撮影・内田世紀)
船上で震災当時を振り返る漁光弘さん=明石海峡(撮影・内田世紀)

 大阪・天保山。1995年1月17日昼、がらんとした客船ターミナルに、淡路島北西部、旧北淡町(淡路市)出身の会社員登(のぼり)一史さん(62)は駆け込んだ。

 「おばあちゃんが見つかれへん!」。同町で暮らすめいから電話を受け、大阪市内の勤務先を飛び出した。故郷に、母がいた。

 明石から船で向かおうとしたが、神戸や阪神地域は壊滅的な被害で道路も鉄道も全て寸断されている。確か津名港(現淡路市)に行く船があるはずだ。電話で運航していることを確認し天保山へ。船に乗り込んだのは正午ごろだった。

 乗客は10人ほど。自分と同じように、淡路島に家族や知人がいるのだろうか。報道機関のカメラマンの姿もあった。