「人が亡くなったと聞くと、模造紙に並ぶ名前が今でも思い浮かぶんです」と話す水野陽一さん=芦屋署
「人が亡くなったと聞くと、模造紙に並ぶ名前が今でも思い浮かぶんです」と話す水野陽一さん=芦屋署

 阪神・淡路大震災の発生直後、兵庫県警の音楽隊に所属していた男性警察官に与えられた任務は、判明した死亡者を報道各社に伝えることだった。トランペットをフェルトペンに持ち替え、薄暗い廊下に張り出された模造紙に名前と年齢を書き連ねた日々。30年がたった今でも、失われた命の証しで余白が埋まっていく光景が思い浮かぶという。(小川 晶)

 芦屋署警務課の警部補、水野陽一さん(55)。1988年に県警に入ると、その5年後、吹奏楽や社会人バンドに携わった経験を買われて広報課(現県民広報課)の音楽隊にトランペット担当として配属された。

 95年1月17日は、神戸市東灘区のマンションで被災した。妻と生後1カ月半の長女を残し、当時、神戸・ポートアイランドにあった仮庁舎に駆け付け、液状化現象で泥だらけになった1階の掃除に当たった。