生まれたばかりの赤ちゃんを見つめる夫婦=洲本市塩屋1、淡路医療センター
生まれたばかりの赤ちゃんを見つめる夫婦=洲本市塩屋1、淡路医療センター

 生まれたての赤子に注がれる父母のまなざしには、底無しの優しさがあった。

 7月14日、淡路医療センターで、洲本市に住む竹谷誠さん(40)は、3人目の子である爽汰桜(そうたろう)ちゃんを初めて抱くと、「うわー」と言葉にならない声を上げた。かけがえのない瞬間だ。出産という大仕事を終え、横たわる妻の優磯(ゆき)さん(31)が、穏やかな表情で見守る。誠さんは「県病といったら大きい病院。安心してお任せできました。遠い病院だったら不安もあったと思います」と話した。

 県病-。兵庫県立の同センターのことを、地元では親しみを込めてこう呼ぶ。淡路島で唯一の県立病院だから、これで十分通じる。

兵庫県立淡路医療センター

 4階東側の病棟には、赤ちゃんの泣き声が響いていた。だが、同階西側の病棟は電気がすべて消え、無人だった。低迷する病床稼働率を踏まえ、複数の診療科が利用していた39床の病棟を2025年度から休止していた。まだ築12年で設備が新しいだけに、異様な光景だ。

 背景には人口減がある。県病院局によると、20年に12万7千人いた淡路圏域の人口は、40年には9万4千人まで減ると推計されている。一方、75歳以上の割合は20年の19・9%から上昇を続け、50年には32・3%になるとみられる。

 淡路島は急速に人口が減り、四半世紀たつと県立病院がある医療圏域で後期高齢者率が最も高くなっている可能性が高いのだ。

 出産可能な医療機関の存在は人口減少地域にとって貴重だ。だが淡路島では分娩(ぶんべん)をやめる施設が相次ぎ、出産できる場所は今、同センターと助産院しかない。

 少子化は顕著だ。20年度に658件あった分娩数は、21年度=526件▽22年度=506件▽23年度=455件▽24年度=429件-と減少を続ける。

 「県病」は24年度、約8億円の経常赤字を出した。人口が減る島で、この病院の存在意義とは何なのか。

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■経営苦境でも島の基盤守る

 分娩(ぶんべん)室には、手術も不可能ではない設備がそろっていた。だが、淡路医療センター産婦人科の西島光浩主任部長は「幸いにも、ここで緊急帝王切開をしたことはない」と話す。なぜか。

 案内されたのは、手術室がずらりと並ぶエリア。その一つに、赤ちゃんとお母さんのイラストが入った、ピンク色の札が下がっていた。西島部長が言う。「手術室がどんなに混んでいても、緊急性の高い母子を助けるため、必ず1室を常時空けてくれている」

 一刻を争う帝王切開は年に数回だが、手術室が必ず確保できていることで、産婦人科の医師らは安心して妊婦と向き合うことができるという。万一の際、ピンク色の札を目がけて駆け込めば、麻酔科医らがすでに準備を進めているからだ。

 もちろん、一般手術を全室でやれば、病院収益が増えることも事実だ。西島部長は「病院全体が、採算性と別の次元で考えてくれている」と話す。

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 西野由香里医長が妊婦の腹部にエコーを当てながら「心臓、ドキドキしてる」と話しかける。「さっき、すごい動きました」。妊婦も応える。

 妊婦健診は、重要だ。妊婦の年齢が高齢化し、出産リスクが高まる傾向にある。数は多くないが、突然妊娠中に胎盤がはがれ始めたり、出産時に出血が止まらなかったりするケースもある。仮に救急車で遠い神戸に運ぶとすれば、命が危うくなる可能性が高い。

 そのため同病院では、健診でリスクを早期発見することに力を注ぐ。万一の場合も、小児科、麻酔科、外科、放射線科など総合病院ならではのバックアップで母子を救う。まれにドクターヘリで神戸へ赤ちゃんを運ぶこともある。「少子化対策では不妊治療も大事だが、安心して地域で産めることとの両輪ではないか」。西島部長は強調する。

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 一方、人口における比率が高まり続ける高齢者医療も重要だ。

 同病院の副院長も務める循環器内科の奥田正則部長は「淡路島内における心筋梗塞など循環器疾患の救急患者は、ほぼすべて当院で受けている状況だ」と話す。島内の人口は減り続けるが、高齢者は当面増えるため、循環器疾患の患者は減らない。とりわけ一分一秒を争う心不全は、島内に病院がないと、助かる人も助からない。

 各県立病院の経営を改善するため、病床の一時休止など厳しい対策に乗り出した兵庫県病院局だが、淡路医療センターの存在は守り通さねばならないという認識で、ぶれることはない。ただ、400床を超える大病院が維持できるかは、医療人材確保の面からも不透明感は否めない。

 「淡路島には同じような高度急性期病院がほかにないので、役割分担ができない。県立病院といってもそれぞれ環境が違い、役割が違う」。鈴木康之院長は使命を語り、診療報酬アップを強く訴えた。(霍見真一郎)