6月、神戸市長田区でバングラデシュ人留学生の男性が軽トラックにはねられ、帰らぬ人となった。当時24歳の彼は、航空整備士を夢見て日本に渡った。専門学校での成績は優秀で、多国籍のクラスではまとめ役。「こんな理不尽はない」。関係者は一様にうちひしがれる。聞けば、善意の末に事故に巻き込まれた上、発端は裁判で「身勝手」とも非難された軽トラック運転手の軽率な行為だった。(初鹿野俊)
■バングラデシュから夢追い神戸へ
ホセイン・エムディ・ラヒムさん。通っていた神戸の専門学校によると、母国の高校を卒業して来日し、日本語学校を経て今春入学した。入試の成績は受験した200人の中でもトップクラス。日本語も堪能で、男性担任が「本当にうちでいいのかと確認した」ほどだった。
航空機の整備士を目指すラヒムさんには青写真があった。1年間はビジネス作法やパソコン操作などを学び、大学進学後に工学を勉強する-。ミャンマーやネパール、ベトナムなどからの留学生が集うクラスでは「ムードメーカー。いろんな国の子に話しかけていた」(担任)という。
暗転したのは6月23日。午前0時ごろ、同居する幼なじみが自宅近くから電話をしてきた。
「車が立ち往生している」。駆け付けると、細い下り坂に頭から入った軽トラックが1台。運転手の頼みに応じ、2人は坂の下側から車両前部を持ち上げた。運転手がバックにギアを入れると後退したが、右後輪が溝に脱輪。直後に軽トラックが前進して2人をはねた。下敷きになったラヒムさんは胸を強打して死亡。幼なじみも頭部に全治3週間のけがを負った。
遺体安置所で対面した友人たちは、遺族とつながったスマートフォンのレンズをラヒムさんに向けた。画面の向こうで、故郷の両親や姉2人が声を上げて泣いていた。神戸のモスクで執り行われた葬儀には、入りきれないほどの参列者が最後の別れに訪れた。
8月24日、神戸地裁。ラヒムさんらをはねたとして、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた無職浦上幸一被告(57)=同市長田区=は、初公判で起訴内容を認めた。
検察、弁護側双方の冒頭陳述などによると、軽トラックはレンタカー。被告は事故前日、ごみ捨て場で見かけたベッドを持ち帰ろうと、軽トラックを借りたがベッドは既になかった。
その後は「思いつき」で、引っ越し会社の敷地などで盗んだ洗濯機やパソコンなど約190キロの荷物を荷台に載せて走行。以前の自宅を見に行こうとして道に迷い、事故現場に入り込んだ。レッカー会社に電話し待機したが、ラヒムさんの幼なじみが偶然通りがかり、助けを求めたという。
盗品の関連は被害者側の意向などで罪に問われなかったが、検察官は事故について「ハンドルやブレーキを的確に操作しなかった」と指摘。弁護人からもレッカーを待たなかったことについて「自分本位の楽観主義に基づく軽々しい行動だ」と非難された。被告は「甘かった。取り返しのつかないことをした」と謝罪した。
9月14日の判決公判で、稲垣雄大裁判官は「被害者らの善意に甘えて危険な作業を依頼したのだから、細心の注意を払って運転すべき立場にあった」として拘禁刑1年10月(求刑拘禁刑2年)を言い渡した。公判を見守ったラヒムさんの担任は「短い。『過失』なので仕方ないのかもしれないが、納得できない」と憤りを隠さなかった。























