兵庫・但馬地域で「冬の味覚の王様」と呼ばれる松葉ガニ（ズワイガニ雄）が、品薄と価格高騰のため、例年に増して「高根の花」となっている。昨年１１月６日の漁解禁から宿泊施設や飲食店の需要がピークとなる年末まで、２カ月間の平均単価は１キロ当たり１万６２３２円と、過去１０年の平均値（５６０１円）に比べ３倍近い。一体なぜなのか、要因を探った。（金海隆至）

　１月２７日、香美町香住区の海産物直売店「にしともかに市場」の店頭。塩ゆでした松葉ガニの特上品（１キロ以上）に、例年の倍近い１匹２万～２万５千円の値札が付いていた。

　「値札を見て購入を諦める客もいるが、（仕入れ価格が）１キロ２万円以上するのに１万円台ではとても売れない」と、山田直弘店長（５８）。「カニの需要に供給が追い付かず、過去に記憶がないくらい価格が高騰した」と嘆く。

　県但馬水産事務所によると、豊岡市、香美町、新温泉町の漁港では今季、底引き網漁船計４０隻が操業。廃業などで昨季より４隻少ない上、１１、１２月はしけの影響で出漁機会も減り、松葉ガニと雌のセコガニの総漁獲量は過去２０年で最低の３９３トン（前年同期比３１％減）にまで落ち込んだ。

　特に松葉ガニは漁獲量が１７２トン（同４４％減）に減少。ただ、この時期は、新型コロナウイルスの感染「第６波」が急拡大する前で、県民向け旅行・宿泊割引キャンペーンの効果もあって温泉客などの予約が堅調だったため、地元の水産加工業者や観光業者は先を争うように買い求めた。

　そのため価格は高騰。１２月単月では歳暮需要もあり、１キロ当たり平均単価は２万２５４２円と史上最高値を記録。１１、１２月の２カ月間でも１万６２３２円で前年同期比７５％も伸びた。

　但馬漁協香住支所の澤田敏幸販売課長は「仕入れ価格がここまで高いと民宿や旅館は元が取れず、営業すればするほど赤字になる。料理の食材を慌てて松葉ガニから香住ガニ（ベニズワイガニ）に変更した宿もあったようだ」と話す。

■資源量「今季が底」

　兵庫、鳥取両県など山陰沖を含む富山県以西の日本海西部では２０１９年漁期以降、ズワイガニの資源量が減少し、２１年漁期は１万６２００トンとされる。

　国立研究開発法人「水産研究・教育機構」の水産資源研究所（横浜市）はすでに４年前、こうした予測を発表しており、もともと関係者の間では危機意識が共有されていたという。

　同研究所によると、ズワイガニは通常、卵からふ化した幼生が海中を約２～３カ月間浮遊し、水深２００～５００メートルの海底に着底して稚ガニになった後、１０年近く脱皮を繰り返して親ガニに育つ。

　しかし、今季の漁獲対象となる親ガニは、幼生期に海流の変化などで着底量が減ったとみられ、「要因は定かでないが、人に例えると、極度の少子化に陥った世代」という。

　一方、今後数年かけて成熟する小型のカニの分布密度は高いため、同研究所底魚資源部（新潟市）の佐久間啓研究員は「資源量（の低下）は今季で底を打ち、来季からは徐々に増加に転じる」と分析する。

　だが、漁業者の心情は複雑だ。新温泉町の浜坂漁協組合長で、県機船底曳網漁業協会の川越一男会長（６７）は「特に地元の但馬沖でカニが取れていないのが心配。操業エリアの制限などさらに踏み込んだ自主規制を検討する必要がある」とし、「来季も漁獲量は厳しいのではないか。漁師たちは決して楽観していない」と語る。

■「カニ離れ」を懸念

　ズワイガニ漁の解禁前、但馬地域の水産加工業者や観光業者の間では、ロシア産やカナダ産など輸入冷凍ズワイガニの価格高騰も懸念されていた。宿泊施設では、カニ料理の食材の一部などに使用される。

　水産庁によると、コロナ禍からの経済活動再開へ向けて動き始めた米国や中国を中心に、カニの消費需要が旺盛で、日本の水産商社は近年入札で劣勢を強いられ、輸入量が著しく減少しているという。

　東京都中央卸売市場では昨年１１、１２月、輸入冷凍ズワイガニ（生）の１キロ当たり平均価格が５９８８円、６２４２円と、それぞれ前年同月比約８８％増、同約３８％増と大幅に上がった。

　香美町の水産加工業者は「カニは今や世界的に人気の高い食資源。輸入冷凍ガニや松葉ガニの価格が来季以降も簡単に下がるとは思えない」と不安を隠さない。そして購入しにくい状態が長く続けば、「一般消費者の“カニ離れ”が進むのではないか」と心配している。