「ピィピィ」「クワッ、クワッ」。田植えを終えた田んぼで、アイガモが鳴き声を上げながら、苗の合間を泳ぎ回っていた。農事組合法人「アイガモの谷口」(兵庫県新温泉町対田)は1991年から、アイガモ農法による無農薬の米作りを続ける。地域の子どもにも農業のやりがいを伝え、持続可能な農業を目指す。(斎藤 誉)
同法人がアイガモ農法を手がけるきっかけとなったのは、代表理事の谷口正友さん(56)の父、雄造さん(90)が90年ごろに肝臓を悪化させたことだった。当時は農薬を使って稲作をしていたが、同じ時期に交通事故で右腕を失う出来事も重なり、健康意識の高まりから無農薬の米作りを模索した。その中で、アイガモも育てられる同農法にたどり着いたという。
同法人は、親ガモが産んだ卵をふ化させ、生後10日ほどの子ガモを田んぼに放す。水田の中を泳ぎ回って水を飲み、水中の小さな虫や微生物を食べて暮らす。
ある日の夕方、同法人の田んぼをのぞくと、黄や黒の毛に覆われた子ガモが、小さな足を動かして水田を巡回していた。谷口さんが「安心していると散らばって動くんです」と教えてくれる。その後、天敵のカラスが電線に止まった。アイガモは一斉に集まり、カラスがいなくなるまで集団行動を続けた。
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イタチやカラスなどの天敵対策は、田植え前から始まる。網と電気柵で周りを囲むとともに、柵の支柱を利用して空中に糸を張り巡らせ、あらゆる方向からの侵入を防ぐ。鷹匠(たかじょう)に頼んでカラスの天敵であるタカを田に放ち、一帯が危険な場所であることをカラスに学習させる。10年ほど前まで、電線が見えなくなるほどカラスが鈴なりに止まることもあったが、その姿は激減した。
同農法を手がける約5・6ヘクタールの田は、対策から田植えを終えるまで約1カ月を要する。田植え後も、同法人の職員が巡回して天敵を追い払う作業を繰り返す。
大切に守られたアイガモの無農薬米に、固定客は多い。米作りの役目を終えたアイガモは食肉に加工し、「カモ鍋セット」として販売する。専用のだしは、食肉処理で生じたカモがらと昆布を煮込んで作る。谷口さんは「リピーターの『いつもありがとう』の言葉が励みになります」と話す。
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農業人口の減少に危機感を抱く谷口さんは、地元の子どもを対象に農地の見学会を設けるなどして、やりがいや農業の面白さを伝える。中学2年生の職業体験「トライやる・ウィーク」でも積極的に生徒を受け入れ、農業と触れ合う機会を増やす。
「農業もワークライフバランスなくして、未来はありません」とも強調。以前はほぼ無休で仕事に明け暮れたが、10年前の弟の突然死を機に、休むことが大切だと思うようになった。因果関係は判然としないが、「働かせすぎたかもしれない」との思いから、交代で休めるようにするなど「選ばれる仕事」への努力を続ける。
同農法の水田を含む同法人の農地(計15・7ヘクタール)が、2025年大阪・関西万博に合わせて県が主導する体験型の観光プログラム「ひょうごフィールドパビリオン」に選ばれた。無農薬の米作りや太陽光パネルによる自家発電などが評価された。谷口さんは「アイガモ農法を観光客に説明する中で、驚きや発見を提供できると思う」と力を込めた。