尼崎JR脱線事故から21年となり、事故発生時刻に合わせて黙とうするJR西日本の倉坂昇治社長(中央)ら=25日午前9時18分、兵庫県尼崎市(代表撮影)
 尼崎JR脱線事故から21年となり、事故発生時刻に合わせて黙とうするJR西日本の倉坂昇治社長(中央)ら=25日午前9時18分、兵庫県尼崎市(代表撮影)

 乗客106人と運転士1人が死亡、562人が負傷した2005年の尼崎JR脱線事故から25日で発生から21年となった。JR西日本は兵庫県尼崎市の事故現場に整備した「祈りの杜」で追悼慰霊式を開き、倉坂昇治社長は「かけがえのない尊い命を、平穏で幸せな毎日を一瞬にして奪ってしまった。事故に正面から向き合い続け、真摯に対応していく」と述べた。

 事故発生時刻の午前9時18分に合わせ、倉坂氏ら役員が、電車がマンションに衝突した現場に向かって黙とうした。

 JR西は昨年12月、大阪府吹田市に事故車両の保存施設を完成させた。大破した車両の部品や乗客の遺品を保管し、一般には非公開。今年3月末までに犠牲者約4割の遺族と負傷者の約1割が訪れた。JR西社員は役員、管理職ら約2千人が訪れている。

 事故は05年4月25日、宝塚発同志社前行き快速電車が福知山線塚口-尼崎間のカーブに当時の制限速度70キロを大幅に上回る116キロで進入し脱線。線路脇のマンションに衝突した。懲罰的な日勤教育など、JR西の組織風土も背景要因だと指摘された。