昨年9月に宝塚歌劇団の俳優女性(25)が急死した問題で、歌劇団と運営する阪急電鉄、親会社の阪急阪神ホールディングス(HD)が、上級生らによる女性へのパワーハラスメントを認め、補償も含めた遺族側との合意書を締結した。HDの角和夫会長らが遺族に直接謝罪した。

 女性は宝塚市内で死亡して見つかり、兵庫県警は自殺の可能性が高いとみている。合意を受けて、母親は「娘に会いたい、生きていてほしかった」などとコメントした。

 遺族側の主張を否定していた阪急・歌劇団側が一転して受け入れ、決裂の可能性もあった交渉が決着した。ただ、合意がなされても失われた命は戻らない。阪急側は事実の重さを改めて認識してもらいたい。

 阪急側は、遺族側が示した15項目のパワハラ行為を14項目に整理し、いずれの行為も認めた。上級生がヘアアイロンでやけどを負わせ、謝罪しなかった▽髪飾りの作り直しを指示、深夜作業を課した▽人格否定のような発言を浴びせた-などだ。いずれも非常識と言うほかない。

 両者の交渉がもつれ、合意まで約半年間を要したのは阪急側の責任である。過重労働とパワハラを訴えた遺族側に対し、阪急側は、グループ企業の役員が所属する弁護士事務所の調査報告書を基にパワハラを否定した。写真などの証拠が出された後もパワハラの半数を認めなかった。遺族側代理人は「行為者が自身の責任を回避し、歌劇団がそれをかばう姿勢が長引かせた」と指摘した。

 遺族側が求めた第三者的な立場からの再検証を、阪急側は結局行わなかった。「(いじめがあったと言うなら)証拠を見せていただきたい」と会見で見せた高圧的な態度に遺族がたじろいでいれば、パワハラはなかったことにされていた。阪急側は今回の対応の問題点を一から検証し再発防止につなげる責務がある。

 阪急側はパワハラの当事者に悪意があったとまでは言えないとし、劇団員の処分は否定した。責任は組織全体で負うべきだとしても、劇団員ら一人一人が人権意識を高めなければパワハラの根絶は難しい。

 再発防止策として阪急側は、興行計画や稽古期間の見直し、外部相談窓口の開設、劇団員らの意識改革を促す取り組み、有識者のアドバイザリーボード設置などを挙げた。

 今年創立110周年となる宝塚歌劇には厳しい上下関係や古い伝統、慣習が残るとされる。こうした組織風土の一掃は容易ではない。人権を尊重する歌劇団になるためには、抜本的な組織改革が欠かせない。合意で問題を終わらせることなく、今後の取り組みを社会に広く開示していく姿勢が求められる。