新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが「2類相当」から「5類」に引き下げられて1年がたった。治療や病床確保への公費支援も今年3月末で終了した。平時を取り戻しつつある今こそ、次の感染症への備えを進めねばならない。
政府は「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」の改定を目指す。緊急事態宣言などの行動制限を「柔軟かつ機動的」に実施する狙いだ。そのためには危機情報を発信、共有する「リスクコミュニケーション」の強化が欠かせない。
新型コロナ禍では、政府は目的に応じ専門家の助言組織をつくった。提言を基に政府が施策を決め情報発信するのが本来の姿だ。しかし、政府が方針を示さないまま自治体がばらばらに施策を打ち出したり、専門家が独自に見解を発表したりする場面が目立ち、混乱を招いた。
特に「不都合な事実」をどう伝えるかは大きな課題だ。流行初期の2020年2月に専門家会議が作成した独自見解案は「呼気による感染の可能性」を指摘していた。空気中を漂う微小粒子「エアロゾル」を介して感染が起こりうるという警告だ。
ところが空気感染を思わせる文言は、「市民に恐怖を与える」との厚生労働省の求めで削除されたことが関係者の手記で判明している。
その後、医療機関や高齢者施設でクラスター(感染者集団)が相次ぎ対策の不備が指摘された。厚労省は20年9月改訂の手引書でエアロゾル感染の「可能性」に触れ、21年10月にようやく「感染経路」と認めた。
少なくとも病院や施設には早期に注意を促し、換気の徹底など感染対策を求めるべきではなかったか。
20年春に計36人のクラスターが発生した神戸市立医療センター中央市民病院では、エアロゾル感染も一因とみて感染対策を強化した。
同病院でも、当初は院内感染の状況が共有されず、現場の医師らから強い不満が上がった。病院側は対策会議で毎回感染状況を報告し、全職員が共有する運用に改めた。
感染対策を担当した土井朝子・感染症科医長は「都合の悪い情報を含め共有しないと病院を挙げた対策を打ち出せない」と話す。
感染「第3、4波」では重症の感染患者が急増し、病床は逼迫(ひっぱく)した。「災害級」の状況を市民と共有するため報道機関の取材を受け入れた。木原康樹院長は「実情を知ってもらうことで感染対策の意識を高めてもらえたのではないか」と振り返る。
患者や家族、医療従事者への誹謗(ひぼう)中傷は許されない。根拠不明の予防、治療法の流布も混乱をあおる。政府、自治体、報道機関は冷静に事実を伝える意識を持つことが重要だ。