米国の大統領経験者が、史上初めて刑事裁判で有罪の評決を受けた。しかも、11月の大統領選挙で復権を目指す人物である。衝撃は大きく、米社会の分断と混迷が一層深まることが憂慮される。
共和党のトランプ前大統領が元不倫相手に口止め料を支払い、不正に会計処理したとされる事件で、ニューヨーク州地裁の陪審は起訴された34件の罪状全てを有罪とした。量刑は7月に言い渡される。
裁判自体が前代未聞だ。断罪されたのは、カネの力で選挙をゆがめようとした行為であり、米国の極めて深刻な事態を表している。
検察は、口止め料の会計処理について、初当選した2016年の大統領選で不利な影響が出ないようにするための隠蔽(いんぺい)工作であり、重罪だと断じた。「選挙詐欺」とも表現している。一般市民から選ばれた12人の陪審員は、全員一致で検察側の主張に沿う形で評決に達した。
一貫して無罪を主張したトランプ氏は「恥ずべき、やらせ裁判だ」と批判し、控訴する方針を明らかにした。自らを政治的な迫害の被害者だと印象付け、「本当の評決は国民によって(大統領選の)11月に下される」と有罪評決を支持者固めに利用している。実際、評決の直後から多額の献金が集まっている。
バイデン氏に敗れた20年の大統領選を、トランプ氏は根拠を示さずに不正があったと決めつけ、今なお結果を受け入れていない。そればかりか、敗北を覆そうとして開票業務に介入した行為など、口止め料事件以外に3件で起訴されている。
民主主義国のリーダーを自任してきた米国で、公正な選挙の信頼を傷つけ、司法制度に対する不信をあおる権力者の言動に、慄然(りつぜん)とする。法の支配を軽んじる姿勢は、指導者には到底ふさわしくない。
しかし、共和党のトランプ支持はびくともしない。公判中には、共和党の下院議長らが裁判所前で「偽りの裁判だ」と加勢した。7月の党大会で、トランプ氏を正式に大統領候補に指名するのは確実だ。
一方、選挙への影響は未知数である。米国では党派対立が固定化しており、評決が有権者の動向を大きく変えることはないとみる向きは多い。ただし、穏健派の共和党支持者や無党派層がバイデン氏に投票する可能性も指摘される。接戦州の勝敗を左右するかもしれない。
6月27日には、バイデン氏とトランプ氏の1回目の討論会がある。国民の亀裂を深めるような不毛なやりとりに終始すれば、民主政治そのものへの信頼を揺るがすことになりかねない。双方には、そうしたリスクを避ける重い責任がある。