今月から始まった1人4万円の定額減税を巡り、企業や自治体の事務処理の現場に混乱が生じている。原因の一つは、給与明細に減税額を明示するよう政府が雇用主に義務付けた点だ。

 定額減税は昨年11月、岸田文雄首相が物価高対策で打ち出した。通常国会最終盤の6月に減税を実施して衆院解散を断行し、秋の自民党総裁選での再選につなげる思惑は明らかだった。明細への記載義務付けで減税効果をアピールしたかったのだろうが、いかにも恩着せがましい。

 林芳正官房長官は、6月中に給与に反映させなければ「労働基準法に違反し得る」と警告した。会計ソフトの改修に加え、従業員全員に扶養家族の状況を再確認するなど、多大なコストや労力を企業などに強いるとの認識が欠けている。

 相次ぐ議員の不祥事や派閥裏金事件への踏み込み不足から、内閣支持率は2割台に低迷し、首相は通常国会会期末での衆院解散を見送る方向だ。今回の減税も詰めの甘さばかりが目立ち、評判は芳しくない。

 政権のもくろみは裏目に出たと言える。もう6月中の処理にはこだわらず、明細に記すか否かなど細部の判断は現場に委ねてはどうか。

 混乱をもたらすもう一つの要因は制度の複雑さにある。非課税世帯には減税分の4万円が、課税額が4万円に満たない世帯には減税分との差額が、それぞれ現金で給付される。自治体はこれらの対象世帯を一つ一つ特定しなければならない。

 物価高対策を掲げるならば、新型コロナウイルス禍の際に実施された給付金の方が事務処理の負担は少なく、国民にも早くお金が届く。マイナンバーカードにひもづけられる公金の受取口座も活用できる。

 減税は法改正が必要で時間がかかる上、事務作業も煩雑になる。それでも首相がこだわったのは、財源や負担増を曖昧にしたまま防衛費大幅増や少子化対策などの政策を進め、増税イメージが広がったことがよほど気になっていたのだろう。

 ただ4万円が減税されても、消費が刺激されるかは見通せない。

 物価高は収束せず、実質賃金は下がり続ける。夏場を控え、電気・ガス代への国の補助は打ち切られた。6月から値上げされる食料品は600品目に及ぶ。減税分の多くは貯蓄や生活費に回る可能性が高い。

 一度限りの減税に財源を割くより、物価高をもたらす構造的な要因にメスを入れ、対策を打ち出す方が国民にとって有益だったはずだ。

 財源に見合う効果があるかを見極め、最も効率的な方法で実行する。そうした政策立案の基本に、岸田政権は立ち返る必要がある。