演説中のトランプ前米大統領を狙った13日の暗殺未遂事件は、全世界に大きな衝撃を与えた。

 トランプ氏は銃撃され右耳を負傷した。会場にいた市民が巻き添えになり、1人が死亡、2人が重体となった。容疑者の20歳男は警護隊により射殺された。単独犯とみられる。

 問答無用で政治家を抹殺しようとする卑劣な犯罪を強く非難する。事件は、11月の大統領選へ向けた集会で起きた。民主主義そのものへの攻撃であり、断じて容認できない。

 事件の政治利用も決して許されない。臆測や陰謀論はもってのほかだ。現時点で容疑者の動機は不明で、共和党員として有権者登録されていた一方、民主党に近い組織に献金していたとの報道もある。捜査の進展を待ちたい。

 「この国では政治的な発言が過熱し過ぎている。冷ます必要がある」。バイデン大統領は国民へ向けて演説し、冷静な議論と団結を呼びかけた。事件2日後のきのう、トランプ氏は共和党全国大会で大統領候補に正式指名された。

 大統領選が近づくにつれ、米国内の党派対立は鋭さを増し、経済格差の深刻化などを背景に候補者の言動も過激さが高まるばかりだ。

 6月に行われたバイデン氏とトランプ氏の最初の討論会では、互いを「史上最悪の大統領」と罵倒し、それぞれの支持者が喜ぶことだけを主張した。こうした言動は、社会の分断をあおるばかりか、政治に対する不信や冷笑を広げかねない。

 トランプ氏の発言には、うそや独自の見解が少なくない。最たるものが、バイデン氏に敗れた2020年の大統領選を根拠なく不正と決めつけ、今も結果を認めていない点だ。トランプ氏の支持者らによる21年の連邦議会議事堂の襲撃事件は、その延長線上にある。

 民主党では、言い間違いなどを繰り返すバイデン氏に選挙戦からの撤退を求める声がやまず、党内分裂も現実味を帯びる。

 暴力の連鎖をくい止め、感情的対立や社会不安を鎮めるために、与党民主党と共和党はともに責任を果たすべきだ。支持者の扇動や不毛なののしり合いをやめ、社会の安定のために党派を超えて団結する姿勢を国民に示す必要がある。

 このたびの事件は、「銃社会」である米国の宿痾(しゅくあ)を改めて浮き彫りにした。19歳以下の死因のトップは銃によるもので、学校や商業施設などでの乱射事件が多発している。

 銃規制は現時点で大きな争点にはなっていない。しかし、銃所持のあり方が、社会不安の一要因となっているのは確かだろう。選挙を通して議論が深まることを強く望む。