水俣病患者らと伊藤信太郎環境相との懇談時に被害者側の発言が遮られた問題で、環境省が再び設けた懇談が、熊本県水俣市などで3日間にわたって実施された。新潟水俣病被害者団体と環境相との懇談も9年ぶりにあった。伊藤氏は「不適切な運営だった」と改めて謝罪した。前回の懇談では1団体の発言を3分間とし、持ち時間を過ぎた発言者のマイク音が切られるなどした。今回は一転、制限を設けなかった。
環境相が公害被害者の訴えに耳を傾けるのは当然である。懇談の目的である水俣病問題の解決に向け、同省は「聞く姿勢」を示すだけでなく、当事者の切実な声を全面的な救済につなげねばならない。
水俣病は原因企業が海や川に有機水銀を流し、汚染された魚介類を食べた人に発症した中枢神経疾患だ。水俣では1956年に公式確認された。国は被害の拡大を防げず、68年後の今も被害の全容を明らかにできていない。責任は極めて重い。
伊藤氏は熊本、鹿児島県で8団体と懇談し、公式確認のきっかけとなった「1号患者」の一人を訪ねた。胎児性患者の母親が認定されていない矛盾や、未認定患者の苦しみを突き付けられた。面会を終えて「深い懇談となり、感謝する」「問題解決の方向に前進したい」と述べた。
ところが見直しを迫られた患者認定制度については、現状維持の姿勢を崩さなかった。団体側が「ゼロ回答」と批判するのも無理はない。
伊藤氏は「(認定基準は)最高裁でも否定されていない」と弁明したが、2004年の関西訴訟最高裁判決は国の基準よりも広く患者認定した。水俣病特別措置法(09年施行)による救済から漏れた人たちが提訴した訴訟でも近年、新たに患者と認める判決が相次ぐ。環境省は一連の司法判断を真摯(しんし)に受け止め、速やかに救済の幅を広げるべきだ。
環境省は懇談で、特措法が定める住民健康調査を九州で2年以内に始めるとした。MRIと脳磁計を使うため対象は年500人程度にとどまるという。被害は不知火(しらぬい)海沿岸に広がり、04年に熊本県が検討した調査対象は47万人だった。国の手法では終わりが見えない。被害者側が提案する聞き取り調査など、効果的な方法で早急に始める必要がある。
熊本、鹿児島での対話は15時間以上に及んだ。「パフォーマンスに終わった」との見方がある一方で、被害者側からは「次につなげる懇談にできた」など前向きに受け取る声もあった。未認定患者は高齢化し、被害救済は一刻を争う。環境省は懇談を踏まえて団体側と事務レベル協議を始める。国は今度こそ、被害者の期待を裏切ってはならない。