岸田文雄首相が、来月の自民党総裁選に立候補せず、総裁の任期が切れる9月末で退陣する意向を表明した。2021年10月に発足した岸田内閣は3年で幕を閉じる。
首相を追い込んだ最大要因は「政治とカネ」を巡る不十分な対応だ。派閥の政治資金パーティー裏金事件の解明は中途半端に終わり、再発防止を掲げた改正政治資金規正法は「抜け道」だらけの弥縫(びほう)策だった。
自民党内では次期総裁選びの動きが加速する。政治空白の長期化は許されないが、そもそも問われているのは自民党の金権体質である。次の衆院選をにらんで党の「顔」をすげ替え、事件の幕引きを図るなら国民の理解は得られない。民意と向き合わない政党に展望はないことを自覚しなければならない。
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首相は立候補見送りの理由を、裏金事件の責任を取り「自民党が変わることを示す最初の一歩は、私が身を引くことだ」と説明した。だが内実は、内閣支持率が長く低迷し、刷新を求める党内の圧力に抗しきれなくなった末の再選断念である。
首相は表明のタイミングに関して「当面の外交日程に一区切りがついた」とするが、引責というなら、進退をかけて踏み込んだ対応をする判断もあったはずだ。党内から公然と交代論が噴き上がっても、新たな経済対策を打ち出し、保守派取り込みへ憲法改正論議を進めようとした。「延命策」にきゅうきゅうとする首相の姿が、国民の不信と党内の反発を招いたのは必然だった。
■政策転換に熟議なく
首相は3年前の総裁選で「わが国の民主主義が危機に陥っている」と訴え、支持を集めた。就任後も「聞く力」を掲げ、安倍・菅政権の強権的な政治手法との違いをアピールしてきた。だが振り返ってみれば、国会での徹底した議論や国民の幅広い合意を経ずに重要施策を次々と転換させる独善的な姿勢が目についた。
反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を容認し防衛費を大幅に増やす安全保障関連3文書の改定、原発の60年超運転や新増設を可能とする法改正が象徴的だ。22年参院選中に銃撃事件で死去した安倍晋三元首相の「国葬」も世論を二分する中、国会への事前説明なしに実施を決めた。
反対論を過小評価し、国会での熟議もなく政策を決める手法は民主主義の形骸化を招く。「丁寧な説明」など言葉ばかりが上滑りしていることも国民に見透かされていた。
裏金事件への対応でも「火の玉となって取り組む」と言葉は勇ましかったが、派閥会長だった自身の処分を見送り、関係議員への対処も甘く世論の批判を拡大させた。改正政治資金規正法は成立したものの、企業・団体献金の禁止や政策活動費の廃止など抜本改革は手付かずで、再発防止策も実効性に乏しい。
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の深い関係が明らかになった際も、実態解明もそこそこに「関係を断つ」の一言で幕引きを図った。最大派閥の安倍派への配慮と自らの保身を優先し、「安倍1強」政治の負の遺産と決別する機会を逸したと言える。国政、地方とも注目の選挙で惨敗するなど党支持層の離反も浮き彫りになった。
経済政策では「新しい資本主義」を唱え、格差を是正し分配を強化するとしたが、いつしか雲散霧消した。企業に賃上げを促し、少子化対策に注力する一方、防衛力強化に巨費をつぎ込み、定額減税などバラマキ色の濃い政策も進めた。場当たり的な判断を繰り返した結果、将来世代の負担はさらに増すことになる。
痛みを強いる政策でも正面から訴え、疑問に丁寧に答える。国民と真摯(しんし)に向き合う姿勢が決定的に欠けていたと言わざるを得ない。
■自民党の責任は重い
自民党は9月中に総裁選を実施する。来年10月には衆院議員が任期満了を迎え、次の首相となる新総裁が総選挙をいつ行うかが焦点となる。
「選挙の顔」を代え、疑似政権交代を演出するのは自民党の常とう手段である。忘れてはならないのが、首相の判断を是として自ら改革に踏み込もうとしなかった自民党に重い責任があるということだ。脱派閥を貫き、金権体質を根本的に改めない限り、政治不信は払拭されない。
総裁選に挑む各候補は岸田政権を総括し、道半ばの政治改革にどう取り組むのか明確に示してほしい。その上で、人口減少や高齢化、国際情勢など山積する課題について骨太の論戦を繰り広げるのが政権与党の責任だ。できなければ有権者に手痛いしっぺ返しを受けることになる。