民主主義国として安定していた韓国の政治が大混乱に陥っている。発端は、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領による「非常戒厳」の宣言だ。軍の力を頼みに自らの権力を守ろうとした。民主主義のルールを無視する暴挙であり、強く非難する。
世界に激震が走ったのは3日夜である。尹大統領が緊急談話を発表し、野党が国会を利用して行政や司法をまひさせていると批判。「自由憲政秩序を守るため」として、1987年の民主化以降初となる戒厳令を宣布した。
これを受けて、戒厳司令部が政治活動の禁止やメディア統制を含む布告令を出し、武装兵が国会本館に突入する事態となった。市民や学生を弾圧した軍事政権時代の光景と重ね合わせ、衝撃を受けた国民は多いに違いない。
非常戒厳は、国会の決議を受けて約6時間後に解除された。全閣僚は辞意を表明している。野党は明らかな憲法違反があったとして、大統領の弾劾訴追案を国会に提出した。早ければ7日にも採決される。尹氏の求心力低下は不可避だろう。
尹氏は2022年に就任した。国会は今年4月の総選挙で勝利した野党が過半数を占め、政権運営は停滞していた。野党は官僚らの弾劾訴追案を相次ぎ提出し、大統領夫人の不正疑惑も国民の反発を買った。支持率が2割と低迷する中、窮地から脱するために無謀な策に打って出たとみられる。
追い込まれていたとはいえ、大統領の緊急談話は異様と言わざるを得ない。野党の行動を「反国家行為」と決めつけ、「北朝鮮の共産勢力から大韓民国を守る」と主張した。根拠は不明である。
神戸大大学院の木村幹教授(朝鮮半島地域研究)は「大統領自らが北朝鮮による陰謀論めいた話を持ち出したことに驚いた。極端な意見を止める人が周りにいない。それほど彼は孤立している」とみる。
韓国の混乱が長引けば、東アジアの安全保障や世界経済に及ぼす影響は無視できない。与野党はイデオロギー対立を超えて早期の収拾に努めてほしい。尹大統領は日韓関係改善の旗を振ってきただけに、日本にとって痛手となろう。日本政府は両国関係を後退させないよう、外交努力を重ねる必要がある。
民主主義下でも権力の「暴走」は起こり得ることを、韓国の混乱は示した。同時に、逮捕の恐れがある中でも戒厳解除要求決議を可決した国会議員や、議事堂周辺に集結した市民の抗議は、法にのっとって暴挙を止めた。世界各地で揺らぐ民主主義への信頼を、韓国の人たちがつなぎとめた功績は小さくない。