■専門性の高い司令塔を目指せ

 政府は昨年11月、事前防災の強化などに取り組む「防災庁」の設置準備室を発足させた。赤沢亮正担当相をトップに内閣府の防災担当部局や国土交通省、総務省などから20人の職員を集めた。2026年度中の創設を目指し、将来的には「防災省」への格上げも視野に入れる。

 阪神・淡路大震災を経験した神戸新聞社は東日本大震災などを経て、15年に防災省の創設を提言した。大規模災害が多発する中、全国知事会が18年に創設を唱え、関西広域連合も必要性を訴えてきた。政府が地方の声に耳を傾け、防災庁・省の実現に向けて進み始めたことは一歩前進であり、前向きに受け止めたい。

     ◇

 昨年1月、最大震度7の能登半島地震が起きた。兵庫県から石川県に赴いたボランティア団体などは「阪神・淡路の時と変わっていない」と感じたという。被災者は体育館で雑魚寝し、断水でトイレは使えず、食料や水も不足していた。被災地を見た室崎益輝(よしてる)・神戸大名誉教授(防災計画学)は「旧態依然とした避難所もあった。想定外に備えることができていなかった」と述べた。

 阪神・淡路からの30年で蓄積してきた災害の教訓が、全国に十分伝わっていなかったと受け止めざるを得ない。南海トラフ巨大地震や首都直下地震など大規模な広域災害の発生が懸念される今、地域格差が生じないように、国土全体の防災を構想する政府の司令塔組織は不可欠だ。

 災害に対応する政府機関は国交省や厚生労働省、総務省消防庁、警察庁、防衛省など数多い。現在はその調整役を内閣府の防災担当部局が担う。他省庁や自治体からの出向者が多く、調整権限の弱さやノウハウ蓄積の不十分さなどの問題が指摘されてきた。大規模災害があるたびに繁忙を極め、平時に準備すべき被害対策や訓練計画の企画立案などが滞るという課題も抱えていた。

 それでも防災庁の設置に政府は消極的だった。設置準備室の発足は、防災省創設を持論とする石破茂首相の看板政策として実現した。首相は「(創設を要望する)市町村長たちのこの声は現場の悲痛な声と捉えるべき」としており、地方の要求が国を動かしたと言える。

     ◇

 新設の防災庁にまず求められるのは、省庁縦割り行政による弊害を打ち破る役割である。

 政府は同庁設置に向け、内閣府防災担当部局の定員を現在の110人から100人規模で増員することを決めた。災害に関する複数の省庁を束ねるには、人数に加えて防災全般の知識を備えた職員をそろえる必要がある。幹部に被災地での勤務経験を義務づけるなど、現場感覚と専門知識を併せ持つ司令塔組織を目指してもらいたい。防災に意欲を持つ専門人材の独自採用も期待される。

 新組織の役割について政府は、避難生活環境の整備をはじめ、支援物資の全国8カ所への分散備蓄、ボランティア団体の事前登録制度創設、災害情報を効率的に集める防災デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進などを挙げる。石破首相は「どこで災害が起きてもきちんと対応できる体制をつくる」との目標を掲げた。組織発足を待たず、できることから始めるべきだ。

     ◇

 一方で懸念材料もある。防災に関する権限が国に集中しすぎると、現場を抱える自治体への指示が一方的になりかねない。被災地への支援を円滑に進めるには、国と地方の十分な意思疎通が欠かせない。

 政府は内閣府防災担当部局に、各都道府県を受け持つ「地域防災力強化担当」を置くという。地域の課題を自治体と共有し、連携を深めておきたい。石破首相は、兵庫県などが求めてきた防災庁の地方分局設置も検討すると述べた。危機管理上からも補完機能の整備は望ましい。

 気象庁は昨年8月、宮崎県で震度6弱を観測した地震を踏まえて「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を初めて発表した。

 阪神・淡路以降、日本列島は地震の活動期に入ったとされる。「国難級」とも言われる南海トラフ巨大地震などは、いつ起きてもおかしくない。内実を伴う組織として防災庁を整え、国民の命と暮らしを守る備えを少しでも進める。国に課せられた取り組みに猶予はない。