長年の研究を経て承認された新薬など高価な治療を受けた患者の医療費負担に月ごとの限度を設ける「高額療養費制度」を巡り、政府は自己負担の上限額を今年8月から段階的に引き上げる方針を決めた。70歳未満の平均的な年収区分(370万~770万円)で最大約8万円の負担が、2027年8月には約13万9千円に跳ね上がる。
がんなど重い病気に苦しむ人には大幅な負担増であり、治療を断念せざるを得ない事態になりかねない。患者らの大きな希望となっている支援策の門戸を狭めてはならない。
がんや難病の治療は長期にわたることも多い。負担軽減へ、直近12カ月以内に制度を3回利用すると4回目以降は上限額が下がる仕組みがある。政府はこの上限額も引き上げる方針を示した。患者団体が猛反発するのは当然だ。全国がん患者団体連合会などが呼びかけたオンライン署名は12日間で13万5千筆を超えた。
強い批判を浴び、福岡資麿厚生労働相が患者団体の代表らと面会し、長期治療を要する患者の負担緩和へ修正案を検討する意向を伝えた。
政府は当初、5330億円の医療費削減を見込んだ。看過できないのが、上限額引き上げで治療を諦める人の増加による2270億円を含んでいたことだ。福岡厚労相は会見で「機械的な試算だ」と釈明したが、患者らの不信を招いた責任は重い。政府は引き上げ案を白紙撤回し、制度の在り方を再検討するべきだ。
政策の決定過程も拙劣を極めた。政府は最も影響を受ける患者ら当事者の声を聞くことなく、1カ月余りで方針を決め、25年度予算案に盛り込んだ。反対の声が強まり修正を打ち出したものの、既に各健康保険組合では25年度の事業計画の検討が始まっており混乱は避けられない。
政府は今回の方針で、年々増える医療費を抑制し、現役世代の保険料負担を軽減すると主張する。それに加え、岸田文雄前政権が決定した「次元の異なる少子化対策」の財源確保も狙いだ。児童手当の大幅拡充など年間で3兆円を超える規模の財源が必要となり、それを捻出する社会保障費の歳出改革の柱とされたのが高額療養費制度の見直しだった。
しかし、この制度は重い病気やけがを治療中の患者にとっては命や生活を守るセーフティーネットとして重要な役割を担っている。そこに手を付けるのは筋違いではないか。制度の恩恵を受ける人には現役世代もおり、負担軽減とも言い切れない。
持続可能な保険制度のために医療費を抑制する必要性は理解できる。野党の修正案にも耳を傾け、患者が希望を持てる制度となるよう議論をやり直してほしい。