米国で、人種や性別、性的指向などの多様性に配慮する取り組みが大きく後退しつつある。米国内外への影響の広がりが懸念される。
トランプ大統領は就任初日に、バイデン前政権が進めた「多様性・公平性・包括性(DEI)」を重視するリベラル路線の政策を終わらせる大統領令に署名した。さらにLGBTQ(性的少数者)を標的に、政府が認める性別は「男性と女性だけだ」とも宣言した。
DEI政策は、すべての人に公平な機会を与えることで、多様な背景を持つ人の社会参画を後押しするのが狙いである。連邦政府は職員の採用や登用で人種などに偏りが出ないように努め、多くの大手企業がDEIの推進を目標に掲げてきた。
一方、近年はトランプ氏の支持基盤とも重なる保守層の反発が強くなっていた。女性や有色人種、LGBTQが優遇され、白人男性が逆差別を受けている-との主張だ。トランプ氏はDEIの施策について「違法で不道徳な差別プログラム」と言い放った。
こうした反動の背景には、格差拡大による不平等感の高まりや、国民の間でジェンダーや人権に関する意識の分断があるとされる。
しかし、DEIの趣旨そのものが否定されているわけではない。トランプ氏は、その点を見誤ってはならない。大統領には、多様性の尊重と国民統合の両立を探りつつ、差別の是正に努める責務がある。
まずは、DEIへの荒唐無稽かつ悪意に満ちた攻撃をただちにやめるべきだ。トランプ氏と側近らは、首都ワシントン近郊での旅客機事故やカリフォルニア州の山火事の拡大、インフレまでも「DEIを進めた結果、組織が対応を誤ったのが原因」などと主張している。根拠がない上にマイノリティーへの敵意すらあおりかねず、強く非難する。
昨年以降、マクドナルドや小売りのウォルマート、交流サイトのフェイスブックを運営するメタといった米大手企業が、DEIに関する取り組みの終了や縮小を相次いで表明した。トランプ政権の意向に沿ったのだろうが、多様性の旗を振ってきた企業の変わり身の早さに驚く。
DEIを重要な経営課題に据える日本企業は多い。米国の状況に動じることなく、経営陣は腰を据えて進めてもらいたい。海外と比べて遅れている女性登用には、一層の工夫や努力が求められる。
多様性の重視は、脱炭素と同様に世界的な潮流であり、企業にとっての社会的責任でもある。後退の連鎖を止めるためにも、いま一度意義を再確認し、取り組む意思を明確にすることが重要だ。