東海から九州沖に延びる南海トラフ沿いでマグニチュード(M)9クラスの巨大地震が起きると全国で最大29万8千人が死亡し、建物の全壊・焼失が同235万棟、経済被害は交通寸断の影響も含め最大292兆円に上るとの新たな被害想定を、政府の作業部会が公表した。兵庫県内でも最悪で死者が5200人に達し全壊・焼失は最大5万棟に上る。
震度6弱以上の揺れか高さ3メートル以上の津波に見舞われる地域が兵庫など31都府県764市町村に及ぶ。経済被害は国家予算2年分を上回る。社会経済への影響は深刻だが、政府は「事前の対策や避難を徹底すれば被害を減らせる」と強調する。
南海トラフ沿いでは過去に巨大地震がしばしば起きており、30年以内の発生確率は80%程度とされる。過度に悲観的になるのではなく、「正しく恐れる」ことが大切だ。命を守るために、身の回りの備えを積み重ねていくことを心がけたい。
政府は、東日本大震災翌年の2012年に最悪で死者32万3千人、建物の全壊・焼失が238万棟余りに上るとの被害想定を公表した。13年には経済的な損失が最悪で220兆円に及ぶとの想定を示している。
14年に策定した対策推進基本計画では、死者数を10年間で8割減らす目標を掲げたが、新想定では1割の減少にとどまる。震度分布や津波高、到達時間は大きく変わらないが、地盤や地形データの高精度化で、人が流される深さ30センチ以上の津波浸水面積が3割増えた。防潮堤や津波避難施設の整備効果などを考慮しても犠牲者は大幅に減らないとした。
鍵は津波から身を守る早期避難と建物の耐震化だ。作業部会は、全員が発災後10分で避難を始めれば、津波による死者21万5千人を7割減らせるとする。情報伝達や避難・誘導訓練を重ね、地域や住民の防災力を着実に高めていく必要がある。
避難者数は最大950万人から1230万人に増える。作業部会は直接死とは別に、能登半島地震や熊本地震でも相次いだ避難生活に伴う体調悪化などで生じる「災害関連死」を初めて試算し、全国で最大5万2千人に上るとした。巨大地震の被害は「超広域」に及ぶ。避難所の環境改善はもとより、応援職員の派遣、避難者の受け入れなど自治体間の援助協定をより広域的に結んでおくなどの対策を急ぐべきだ。
兵庫県は今後、政府の新想定を受け、県独自の被害想定を見直す方針だ。阪神・淡路大震災後の30年間で人口減や高齢化・過疎化が加速し、社会は脆弱(ぜいじゃく)性を増している。国や自治体は地域の弱点がどこにあるかを総点検し、ハード、ソフトの両面から減災対策を強化していきたい。