客や取引先による暴言や理不尽な要求といったカスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が、全ての企業に義務付けられることになりそうだ。

 政府は、労働施策総合推進法などの改正案を国会に提出した。企業や自治体に対してカスハラの対応方針を明確にし、相談体制を整えることを求める内容だ。就職活動中の学生へのセクハラ防止も義務化する。今国会での成立を目指している。

 こうした動きの背景には、流通業界の労働組合などが「お客さまは神様」「客の方が偉い」という旧来の意識に疑問を呈し、行政に対策を求めてきた経緯がある。

 カスハラは人権侵害であり、許されない。働く人の心身を害するだけでなく、居合わせた他の客にも不利益を及ぼす。接客の現場に任せきりにするなど対応が不十分なままでは、従業員の離職やサービスの質低下を招く恐れがある。

 厚生労働省の2023年調査によると、企業の約3割が過去3年間に従業員からカスハラの相談を受けていた。医療・福祉や宿泊・飲食サービスで多かった。一方、従業員千人以上の企業でも4割近くが特段の対策を取っていなかった。

 人手不足が深刻化しており、クレーム対応は今や企業の死活問題である。各事業所は法改正を待たずに対策強化に着手すべきだ。働く人を守るのは企業の責務であり、ハラスメント防止に対する経営トップの姿勢が問われよう。

 まずは、顧客からの苦情に丁寧に対応する態勢が整っているかを点検してほしい。正当なクレームは商品やサービスの改善に資する。カスハラと区別することが重要だ。カスハラに発展させないために、従業員や組織の対応力を高める努力も求められている。

 今年4月、北海道、群馬、東京の3都道県は全国で初めてカスハラ防止の条例を施行した。いずれも罰則のない「理念条例」である。

 東京都は条例の実効性を高めようと、業界団体向けのマニュアルをホームページで公表した。人格否定や土下座の強要、長時間の拘束、交流サイト(SNS)での誹謗(ひぼう)中傷などカスハラの具体例とその対応策を詳しく紹介している。企業にも参考になるだろう。

 店頭にカスハラ防止を呼びかけるポスターを掲示するコンビニなども増えている。国や業界団体は、消費者の啓発にも取り組む必要がある。

 カスハラ対策の義務化は一歩前進と言える。しかし、まだ不十分だ。カスハラを含むハラスメント行為そのものを禁止する法整備に向け、さらに議論を深めたい。