3年以上にわたって続くロシアによるウクライナ侵攻で、トランプ米政権が新たな和平案を提示した。ロシア側に極めて有利な内容だ。

 米英メディアの報道によると、ロシアが2022年の侵攻後に併合したドネツク州などの東部・南部4州について、現在の前線で攻撃を停止し、ウクライナの統治地域の領有は断念する。実現すれば、4州の大部分でロシアの占領が事実上認められることになる。

 ロシアが14年に一方的に併合したクリミア半島は、正式にロシア領として承認するとした。トランプ氏は「ロシアがウクライナ全土を奪うことを防ぐためだ」と述べている。

 しかし、侵攻は国際法違反であり、非難されるべきはロシアだ。これでは法を犯した国に免罪符を与えるに等しい。トランプ氏はただちに和平案を撤回し再考すべきである。

 米政権は先月にも、エネルギー施設への攻撃停止や黒海での停戦などを段階的に進める和平案を示したが、交渉は難航していた。

 今回の和平案は、戦闘終結後のウクライナについて欧州を中心とする平和維持活動を想定するものの、北大西洋条約機構(NATO)への加盟は認めない。領土を削り取られ、安全への確かな保証がなく放り出されるような提案を、ウクライナ側が拒否するのは当然だ。

 戦場で多数の兵士が倒れ、ウクライナ市民の犠牲も1万数千人に上るとされる。新たな和平案が示される中、今月24日にウクライナの首都キーウを狙ったロシアの大規模攻撃で多くの死傷者が出た。

 一刻も早い戦闘終結が求められる。しかし、トランプ氏が昨秋の大統領選で公約したウクライナ和平の実現を急ぐあまり、力による現状変更を許せば、強国による覇権主義がまん延する。超大国である米国は、国際社会が長い年月をかけて築いた「法の支配」の原則を守るために責任を果たさねばならない。

 米国は一方で、鉱物資源の共同開発に関する合意をウクライナから取り付けたり、ロシアが占有する原発を稼働させ双方に電力を供給する構想を提案したりしている。「ディール(取引)」重視の姿勢に国際社会は冷ややかな視線を向ける。

 ウクライナのゼレンスキー大統領とトランプ氏の2月末の会談が決裂した後、両者の間を取り持ったのは欧州だ。今後も粘り強く米国を説得し、不公正な和平案を撤回させ国際協調に引き戻してもらいたい。ウクライナ市民らの自衛のために武器供与も継続する必要がある。

 日本の役割も問われる。停戦実現と国際秩序の維持のために多国間連携による働きかけを強めたい。