「こどもの日」が国民の祝日として制定されたのは、太平洋戦争の終結後間もない1948年である。子どもの人格を重んじ、幸福をはかる日とされている。

 先の戦争は弱い立場の子どもたちに多大な犠牲を強いた。この祝日は愚かな戦争への反省を土台としている。54年には国連が11月20日を「世界子どもの日」と定めた。ここにも平和への願いが込められている。

 戦後80年を迎えた今も、世界のあちこちで戦争や紛争が続き、子どもたちの未来が奪われている。しかし、ともすれば私たちは現状に慣れ、関心を失いがちだ。こどもの日のきょう、その趣旨に立ち返り、大人ができることを考えたい。

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 ロシアがウクライナ侵攻を始めた2022年2月以降、日本で改めて注目されている絵本がある。

 題名は「てぶくろ」。おじいさんが森で落とした手袋に「わたしもいれて」「ぼくも」といろいろな動物が集まり、ぎゅうぎゅう詰めになったところにおじいさんが戻ってきて-というウクライナ民話だ。日本では1965年に出版され、親しまれてきた。

 絵をかいたのはロシア出身のエウゲーニー・M・ラチョフ(1906~97年)。ソ連時代のキーウ(キエフ)で絵画を学ぶなどウクライナともゆかりが深い。

 兵庫教育大大学院の須田康之教授(教育社会学)は、てぶくろについて「共存と分かち合いへの願いが込められた作品」と話す。

■戦争の最大の被害者

 同大付属図書館は2022年夏、この絵本をテーマにトークイベントを開いた。ウクライナ戦争を受け、教育現場で何ができるかを探る試みだった。幼稚園教諭らも参加し、意見を交わした。優れた絵本は子どもが世の中を肯定的に見るきっかけになり得るという意見で一致した。

 イベントに携わった須田さんは子育て中の親にこうアドバイスする。「まずは親子で絵本を楽しんでほしい。幼児期に『面白い』と感じた体験は、人生を生きる上で大事な力になる。子どもが小学校高学年ぐらいなら、何かの折に国と国との関係について話をするのもいい」

 武力紛争で最も被害を受けるのは子どもたちである。

 国連児童基金(ユニセフ)の調査によると、今年1月末時点で2520人以上のウクライナの子どもがロシアの攻撃で死傷した。

■世界と地続きの日常

 パレスチナ自治区ガザの人道危機も極めて深刻だ。国連人権高等弁務官事務所の昨年の分析では、イスラエルの空爆などによるガザの死亡者の約7割は子どもと女性だった。

 内戦が3年目に入った北アフリカのスーダンではユニセフの推定で460万人以上の子どもが国内外に逃れた。子どもの避難民としては世界最大規模という。

 国際人道法やジュネーブ条約などは、戦時下に子どもを保護し、教育を受ける権利を保障することを義務付ける。だが、紛争の当事者は法を無視したままだ。子どもを直ちに保護するとともに停戦に入るよう、国際社会の強い行動が求められる。

 子どもたちの境遇に関心を持ち続けることも大切だ。世界情勢と私たちの暮らしは地続きである。

 イラン出身の俳優サヘル・ローズさんは、世界各地の難民キャンプを訪れ、子どもたちと交流している。自身はイラン・イラク戦争で孤児となり、8歳のときに養母と来日。貧困の中で差別やいじめに苦しんだ。昨年秋、過酷な半生を「これから大人になるアナタに伝えたい10のこと」という本にまとめた。

 難民キャンプで必ず子どもから言われる言葉を紹介している。「忘れないでね。また会いに来てね」。自分たちが世界から忘れ去られ、見捨てられた存在だということを彼らは一番よく分かっている-と記す。

 もしかすると、同じような思いを抱える子どもが身近にいるかもしれない。そう心にとめておくことにも、大きな意義がある。