参院選では多くの政党が社会保障制度の改革を公約に掲げる。年々膨らむ医療費を削減し、現役世代の手取りを増やすとの訴えもあれば、医療体制の維持や充実を打ち出す党もある。しかし、制度全体を踏まえた議論は依然低調だ。少子高齢化が進む中、いかにして持続可能な制度を目指すのか、各党は将来像を明確に示さねばならない。

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 高齢化や治療法の進化に伴い、医療費は増加の一途をたどる。2022年度は46兆6967億円に上り、前年度から3・7%増えた。1人当たり37万3700円となる。公的医療保険や公費、窓口負担で支えるが、このままでは個人の負担増は避けられまい。制度の根本的な見直しは不可欠である。

 与党の自民党と公明党は医療費の拡大を抑えつつ、従来の医療体制を維持するとしている。だが、具体策には踏み込んでいない。

 政府は昨年末、医療費抑制策の一環として、患者負担に月ごとの上限を設ける高額療養費制度を見直す方針を打ち出した。今夏から上限を引き上げる方針だったが、70歳未満の平均的な年収区分(370万~770万円)で最大約8万円の負担が27年夏には約13万9千円に跳ね上がり、重病患者の治療断念につながる恐れがあった。与野党双方や患者団体から批判が噴出し、全面凍結を余儀なくされた。

■現役の負担減を強調

 政府は少子化対策の財源の一つとして、26年度から公的医療保険料に「子ども・子育て支援金」を上乗せする。医療費抑制には診療体制の効率化などの改革が欠かせない。与党は方針を明らかにするべきだ。

 日本維新の会は医療費削減を前面に打ち出す。年間4兆円減らし、1人当たりの保険料負担を年6万円下げるとする。財源として市販薬に効能が似た「OTC類似薬」を保険適用から外すほか、人口減に伴う11万の病床削減を見込む。

 ただし課題は多い。OTC薬の適用除外に対し、日本医師会や患者団体は受診控えによる健康被害などを理由に反対する。

 病床削減への懸念も強い。人口減が著しい兵庫県西部で診療する民間病院の院長は「人材がいっそう都心に集中し、過疎地の医療が崩壊しかねない。病床減を漫然と待つような施策はありえない」と話す。まずは医師偏在を緩和する対策を強力に進める必要がある。

 国民民主党は、75歳以上が入る後期高齢者医療制度を含め、能力に応じた窓口負担を徹底し、現役世代の負担軽減を目指す。

 立憲民主党や社民党は高額療養費の上限引き上げ中止を主張し、共産党やれいわ新選組は公費投入による医療充実を訴えるが、いずれも具体的な財源には触れていない。

 見過ごせないのは、終末期医療と医療費圧縮を結びつける公約だ。

 参政党は延命治療の全額自己負担化を訴え、終末期の胃ろうや点滴、経管栄養は原則実施しないとする。本人の意思の尊重に向け、終末期医療の在り方に言及する党はほかにもあるが、本人負担と絡める主張は極論と言うほかない。

 昨年の衆院選で国民の玉木雄一郎代表は「保険料を下げるために終末期医療を見直す」と訴えたが、後に「医療費削減のためではない」と修正した。人生最終盤の医療を巡る議論が命の軽視につながってはならない。財源と切り離し、患者の生活の質を追求するべきだ。

■視界不良の年金制度

 年金の安定財源を巡る議論も先送りは許されないが、選挙戦では深まっていない。

 6月に成立した年金制度改革法は、パートらの厚生年金加入拡大を実現させた。一方、低年金世帯を支えるため厚生年金の積立金を使って基礎年金を底上げする「目玉施策」はいったん先送りされ、立民の要求に応じる形で付則に盛り込まれた。

 野党を巻き込み参院選での争点化を避けた結果、論戦が低調になったとすれば残念だ。

 積立金からの充当には「流用」との批判が根強いが、多くの厚生年金加入者にとっても基礎年金が手厚くなるメリットがある。丁寧な議論を積み重ね、有権者の理解を得なければならない。

 社会保障費は、負担と給付の一体的な議論が欠かせない。何より大切なのは、社会全体で支え合う制度の理念を広く共有することだ。世代間対立をあおるような主張は制度への信頼性を損なう。将来を見据えた責任ある論戦を与野党に強く求める。