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 ロンドン郊外のオールイングランド・クラブで行われたテニスのウィンブルドン選手権車いすの部で、女子シングルス第1シードの上地結衣選手(明石市出身)が、決勝でディーデ・デフロート選手(オランダ)を破り、初優勝を果たした。これにより全豪、全仏、全米オープンを合わせた四大大会とパラリンピックを全て制する「生涯ゴールデンスラム(GS)」を達成した。

 車いすの部女子のGS達成はデフロート選手以来2人目で、日本女子では初の快挙だ。積み重ねてきた努力でつかんだ地元選手の活躍に、心からの拍手を送りたい。

 32歳の上地選手は生まれつきの潜在性二分脊椎症で、足などにまひがある。10歳で車いすテニスを始めると急成長した。明石商業高校3年でロンドン・パラリンピックに出場、2014年にはシングルスで全仏優勝、ダブルスでは四大大会を制覇する年間グランドスラムを達成するなど、世界トップに駆け上がった。

 「(テニスは)パワーよりも技術やタイミング。頭で考える」と話すように、競技の性質が本人の才能や身体能力に合っていたのだろう。性格は、自他共に認める負けず嫌いだという。それが練習に取り組む向上心につながったに違いない。

 これまでのGS達成者は、ラファエル・ナダル選手(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ選手(セルビア)ら数えるほどしかいない。車いす部門では国枝慎吾選手、小田凱人(ときと)選手が成し遂げている。上地選手の偉業はこれらの選手に並んでテニス史に名を刻むもので、日本の車いすテニスの名声もさらに高めた。

 ただ、頂点まで容易にたどりついたわけではない。とりわけ大きな壁となったのは、東京パラリンピックのシングルス決勝でも敗れたデフロート選手だった。宿敵打倒のため、引退していた国枝さんに指導を求めた。プレースタイルを攻撃的に進化させ、車いすの形状も改良した。

 その結果、24年のパリ・パラリンピックではシングルス決勝でデフロート選手に勝って悲願の金メダルを獲得した。ダブルスでも優勝して2冠となったが、これは国枝さんでもできなかった日本勢初の栄誉だ。

 GS達成に向け最後に残ったウィンブルドン決勝でも、対戦したのはデフロート選手だった。だが1ゲームも落とさない6-0、6-0の圧倒的な強さで勝利を手にした。壁を乗り越えた精神力は称賛に値する。

 上地選手は「アジアには車いすテニスができる環境が整っていない国が多い。それをサポートしたい」と述べている。選手としての活躍に加え、スポーツ界をけん引するリーダーシップにも期待したい。