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尼崎JR脱線事故

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市民目線にこだわってきた日々を振り返り、講義への思いを語る浅野弥三一さん=尼崎市内
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市民目線にこだわってきた日々を振り返り、講義への思いを語る浅野弥三一さん=尼崎市内

 尼崎JR脱線事故で妻と妹が亡くなった浅野弥三一(やさかず)さん(72)=兵庫県宝塚市=が11月5日、関西学院大学の公開講座で、阪神・淡路大震災のまちづくりなどに奔走してきた半生を語る。脱線事故の遺族として、原因究明の活動などで注目されることが多かったが、本業は都市計画コンサルタント。自身の仕事を総括して話すのは初めてといい、「市民と行政の間に立ち続けた姿勢を伝えたい」と話す。(宮本万里子)

 浅野さんは神戸大大学院を修了後、京都のコンサルタント会社で7年間勤務。1975年、まちづくり計画の作成などを手掛ける「地域環境計画研究所」を尼崎市で開設した。

 60~70年代、自治体主導の開発事業に対し、住民が反対運動を起こす事例が多かった。「市民が行政と対等に話し合える社会が民主主義。専門家として知恵を提供し、その土台づくりを支えたい」。そんな思いにこだわってきた。

 91年の長崎県・雲仙普賢岳噴火災害の被災地復興や、尼崎公害訴訟を支援。阪神・淡路大震災で9割超の家屋が焼失した神戸市須磨区・千歳地区では、復興土地区画整理事業を住民と一緒に進めた。

 震災から10年後、千歳地区で道路や公園が完成し、夫婦で記念式典に出席した翌日の2005年4月25日、脱線事故が発生。妻陽子さん=当時(62)=と妹阪本ちづ子さん=同(55)=が亡くなり、次女奈穂さん(42)は重傷を負った。

 喪失感は大きかったが、こだわってきた対等な目線で、加害企業JR西日本と向き合おうと決心。同社とともに事故原因を探る会議を立ち上げ、今春、事故の背景を分析して再発防止策を提言する報告書をまとめた。

 今回、脱線事故に関する活動が一区切りついたこともあり、講師を務めることになった。住民や地域と関わってきた道のりを語る。

 11月5日午後6時半~8時半、大阪市北区の関西学院大学大阪梅田キャンパス。無料。申し込みが必要。

 希望者は関西学院大大学院総合政策研究科事務室TEL079・565・7601へ。

2014/10/16
 

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