尼崎JR脱線事故
顔面の筋肉を動かす神経が切れ、足にも鉄粉が残ったまま、重ねた手術は20回を超えた。「元通りの顔を取り戻したい」「普通に歩きたい」。その一心で治療を求め続けた尼崎JR脱線事故の負傷者、玉置富美子さん(65)=兵庫県伊丹市=が、今年1月、足の手術に成功し、1日1万歩歩けるまでに回復した。「同じように痛みに苦しむ人に諦めないことを伝えたい」。事故発生10年の25日朝、療養中の病院を一時退院し、自らの足で現場に立つ。(石川 翠)
「この電車はおかしい…」。3両目に乗車し大阪市内の会社に向かっていた玉置さんは違和感を抱いた。猛スピードでカタカタと揺れ始める車両。「キャー」。悲鳴とともに一気に車両が傾き、車外に投げ出された。
その間、顔面を何かに押さえ付けられ、頭からあごにかけてざっくりと裂けた。顔の神経が切れ、両足のかかともえぐれた。
顔の筋肉が動かず、まぶたが垂れ下がるため、定期的に額を切ってまぶたをつり上げる手術を20回以上重ねている。足は1年後から痛みが出るようになり、つえやキャリーケースにもたれながら歩いた。
事故前は管理栄養士だった。復職を目指しリハビリに励んだが、結局かなわなかった。昨年6月には歩けないほどの痛みに襲われた。奈良県にある稲田病院で稲田有史院長の診察を受けると「このままでは車いす利用になる」と宣告された。今年1月に損傷した左足首の神経の修復手術に成功。顕微鏡での手術で、たくさんの鉄粉が見つかった。事故車両の鉄粉が10年もの間、体内に残ったままだった。
3月には奈良公園や唐招提寺(とうしょうだいじ)に出掛け、1日で1万歩歩けるようになった。手術だけでなく、稲田医師の言葉にも救われた。手術の説明の場で、稲田医師は立ち会ったJR西の職員を「10年間の苦しみが分かりますか」と問い詰めた。多くの支えがあったが、痛みは共有できない。そのつらさを解き放つ一言だった。
活動を続ける負傷者のようには動けない自分に何ができるのか。回復していく自分の姿が誰かの励みにならないか。その思いで治療を続けてきた。
来月初旬には退院予定。人工多能性幹細胞(iPS細胞)などによる再生医療で、足の次は顔の神経も治ると信じている。玉置さんは「生き残ったこと自体が奇跡。希望は絶対に捨てません」と笑顔を見せた。
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