エッセー・評論

上海発 金鋭のモノクロフォトコラム

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 数年前から、日本の学生を対象にした研修プログラムのお手伝いをさせていただいている。中国でのさまざまな体験を通じ、自身のキャリアを考える-。それが目的の研修だ。参加者には中国は初めて、海外も初めてという学生も少なくない。そんな彼らの中国に対する印象はおしなべてあまり良くない。

 「雑然としていて汚い」とか、「接客態度がなっていない」とか、「そもそも日本や日本人のことを嫌っているのではないか」といった感じだ。

 だが、実際に足を踏み入れて、人々と触れ合ったり、中国の文化を体感したりすると、訪れる前に抱いていたマイナスイメージも「意外とフレンドリー」「街も想像していたよりきれい」などと徐々に変わっていく。

 人はとかく周囲の情報に支配されがちだ。自分が信じてきた通りの情報に出合うと、安心する。異なれば戸惑い、時に受け入れを拒む。いったん考えが固まってしまうと、それを覆すのは並大抵のことではない。

 研修プログラムの一環で学生らを相手に講演する機会があった。終わるとこんな質問が飛んできた。「中国からご覧になって日本のいい所は何だと思われますか」。

 中国に移り住んでから、以前とは異なった視点で日本を見ることができるようになった。距離を置き、俯瞰するように日本のことをとらえ、考えられる。「日本や日本人はここを改善するべき」と厳しい注文もつけてきた。でも、それは極めて独善的な視点の押し付けではなかっただろうか。

 同じ学生たちを相手に講演した、旧知の会社社長はこう話していた。

 「新入社員にしかできないこととは何でしょう。おかしい、どうしてと感じたことを(会社や上司に)伝えることではないでしょうか」  

 物事には表もあれば裏もある。側面もあれば上も下も斜めだってある。大事なのは、純粋な疑問、探究心、好奇心。情報が溢れる中、自分の目ですべてを確かめたい、知りたいという気持ちではないだろうか。

 初めての経験、非日常の体験は回を重ねると、やがて習慣となり日常となり感動や感激は薄らいでいく。知識や知見で予測できるようになり、「初心」は次第に遠のいていくのが常だ。

 では、好奇心を持ち続けるにはどうすればよいのか。何事にも「なぜ?どうして?」という疑問をぶつけ続けることだ。「知っている」「分かっている」とはなから決め込んでしまえば、興味や関心を持てる対象だったかもしれないのに、自ら心の扉を閉ざしてしまうことになる。

 以前、このコラムでも触れたが、「違いを知り理解するためには興味関心を持つこと」が大事だ。決めつけや思い込みは見方を狭くし、思考停止を招く。好奇心を失った瞬間に成長はストップしてしまうのだ。

 学生の質問が、忘れかけていた視点や考えを気づかせてくれた。私の中に新たな好奇心が芽生えてきそうだ。

2017/3/13

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