エッセー・評論

上海発 金鋭のモノクロフォトコラム

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まなざし
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 「同じ仕事を続けていると、いつかは飽きるのだろうか?」

 先日、若いビジネスマンとの間でそんな話になった。

  彼はエネルギーに溢れ日々、課題と向き合いながら、いきいきととても充実した時間を過ごしている。

 ちなみに私は、サラリーマン、共同経営者、そしてフリーランスとなった現在まで28年間、ずっとヒューマン・リソース(HR、人的資源)にかかわる仕事に携わってきた。

新入社員の採用広告からスタートし人材紹介、コンサルティングを含めて全ては営業。お客様との商談は経営者となっても営業の仕事であることに変わりはない。商品やサービスの価値を伝えるのは、すべて営業なのである。

そんな私の経験からこう彼に告げた。「仕事は飽きるものだ」。彼はきょとんとした顔をして私を見返した。

自分にとって仕事とは何か。当初は自身の存在価値を示すものであったり、成果をアピールするのが目的だったりした。もちろん業績を上げ、上司や会社にも評価され、なおかつ社会にも貢献できるのであれば、それは素晴らしいことだ。だけど、成果ばかりを追い求め、それが当たり前のようになると「飽き」が来る。

ただ、「飽きる」のは必ずしも悪いことではない。飽きるほど仕事をしてきたことは、お客様に対して雑になったり、意味のない提案をしたりというのではなく、仕事を自分なりに理解し、考えられるようになった証しとも言えるからだ。

そういえば、サラリーマン時代、上司からこんなふうに問われたことがある。

「おまえは何のために働いているの?」

「業績を上げるためです」と若かった私が返す。

上司は間髪を入れず突っ込む。

「それで面白い?」

「………」。答えに窮した。

そこから真剣に考えた。「いったい何のために働いているだろう?」と。繰り返し自問した。

営業としてただ業績を上げるためか?(いや違う)

周囲から認めてもらいたいのか?(それはあるかも…)

出世したいから?(それもあるかな)

ちょっと待て。よくよく考えてみると自分の事ばかりではないか。必死で営業しているのは誰のため?お客様のためではないのか。誰かの役に立ちたいからだろう。「ありがとう」の一言で達成感を得られるのは、そういうことではないか。

上司に問われるまではなかなか分からなかったが、飽きたのは、独りよがりで自分の業績や成果のことしか考えていたからではないだろうか。だとすれば「飽きた」と感じたところから、仕事の本質が見えてくるのかもしれない。それはただただ売るという行為から進化することではないか。そう考えると、飽きるのも悪くはない。新しいステージへと踏み出すことができるからだ。

趣味の写真にも似たような所がある。撮ることが楽しく、苦にならないうちはまだまだ。どう撮ればいいのか?どうすれば写真を通じて伝えられるのか?撮るのが苦しい。飽きたと言えるぐらいから、これまでとは違った、味と深みのある1枚が撮れるのではないか。なんだか「飽きる」日が待ち遠しくなってきた。

2017/10/9

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