エッセー・評論

上海発 金鋭のモノクロフォトコラム

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 神戸の両親が久しぶりに上海に遊びに来た。82歳になる父は歩くとき、つえをつくようになった。そんな父にタクシーの運転手からレストランの店員、マッサージ店の受付のおばちゃん、通りすがりの人まで、街中で出会う人たちが次々と優しく声を掛けてくれる。

 「慢慢来(マンマンライ)」。

 中国語で「ゆっくりいきましょう」「時間をかけて」という意味だ。場面によっては「焦らないで」「慌てないで」と少し強めのニュアンスで使われることもある。

 中国で仕事や生活をしたことがある人ならば、一度は聞いたことがあるだろう。人を思いやり、気持ちに余裕を与えてくれる、ある意味万能な言葉かもしれない。

 2年ほど前、ある日本企業の現地法人に勤務していた日本人社員の送別会に出席した。海外の経験が長く中国の生活を楽しむとともに、事業にも前向きに取り組んで結果もしっかりと残していた。50代。定年まではまだ少し時間がある。中国での素晴らしい業績を引っ提げて、日本に帰国後もしかるべきポジションに就き、組織の中軸を担うに違いない。送別会に集まった誰もがそう信じていていたはずだ。ところが、本人の口から出たのは意外にもリタイア宣言だった。

 「もう働きません。家族と共に過ごします。海外暮らしはとても楽しく、仕事も充実していましたが、仕事はもうやめます」

 皆が呆気にとられていた。仕事とは?何のために働くのか?家族とは?人生とは?

 彼らの多くが頭の中で自問自答を繰り返していたことだろう。

 私はどうだろう。フリーランスの経営コンサルタントとして働き始めて3年。平日と休日、労働時間と休憩時間、頭脳労働と肉体労働と全ての境目がなくなったように感じる。文字通り自由ではあるが、不自由でもある。全ての時間で考え動かなければ前に進めない。働きながら休み。休みながら働く。全ては自分次第だ。

 世の中のために、次世代のために、自分の経験を知見、知識として中国で活動する日本企業、そこで働く中国人のために生かしたい、大仰に言えば歴史に足跡を残したいと思う。50代になっても中国と日本を行き来しながら日々奮闘している。

 人生100年時代と言われる中、まだまだ先は長い。自分が選んだ道、この先も気を抜かず前に進むしかない。一方で自分自身に向き合い、問いかけ、できる、できないという判断をしなければならない。それを冷静に下すことできる余裕は常に持っておくべきだろう。

上海の人たちから父に掛けられた「慢慢来」。そういえば妙に心に響き、しっくりとくる言葉だった。ひょっとすると、今の私にこそふさわしい、思いやりの一言だったのかもしれない。

2019/10/30

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