エッセー・評論

上海発 金鋭のモノクロフォトコラム

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 卒業、進学、転勤…。春は別れと出会いが交錯する季節だ。

 上海に駐在する日本人ビジネスマンたちの異動もこの時期に集中する。企業によって異なるが、駐在期間は長くても5年ぐらいだろうか。これまで公私にわたって親しくお付き合いした何人もの駐在員たちを見送ってきた。異国の環境にも慣れ、これからだという時に異動を告げられ、後ろ髪を引かれる思いで帰国される方もいれば、ようやく日本に戻れると安堵(あんど)の表情を浮かべる方もいる。上海での体験、仕事の成否などによって受け止めも人それぞれ、悲喜こもごもである。

 その中でも10年ほど前に出会った日本のメーカーの現地法人の総経理(社長)は、私の中で最も印象に残る1人といえる。

 会社から中国での事業の立て直しを託された彼は、赴任すると再生への戦略を練る上で大事なのは「人」とばかりに、何よりも優先して社員との面談を進めた。今後進める事業の方向性を説明し、社員たちが会社、仕事に対してどんな考えを持っているのか、聞き出すのがその狙いだった。

 採用や人事面でのサポートを請け負った私は、事業立て直しの過程を見守っていた。

 「社員にとっていい会社にしたい。どうすればいいか教えて欲しい」。突然呼び出され、興奮した口調で迫られたこともあった。いい会社とは何か。中国での事業の目的は何か。彼が赴任した後も業績は変わらず伸び悩んでいたが、仕事に向き合う姿勢と情熱、奮闘ぶりには頭が下がった。

 そんな日々を過ごし、赴任からちょうど1年半が経ったころ、彼から「話さなければならないことがあります」と連絡が入った。久しぶりに会った彼はどこか物憂げな表情だった。

 「すみません。実は(日本に)帰国することになりました。事業も組織も人もこれからという時で残念なのですが…。本社に何を聞いても『戻って来い』の一点張りで」

 そう話すと人目をはばからず号泣した。

 「無念です。本当に無念です。私が社員と約束した事がまだ実現できていません」

 中国社会にも溶け込み始め、仕事にまい進しようとしていた矢先の帰国命令だった。上海で出会った日本人ビジネスマンから離任を告げられた際、ここまで無念さを露わにして泣いた方は、後にも先にも彼1人だけだ。

 社員に寄り添う事はとても重要だ。だが、それだけが経営ではない。あふれんばかりの熱意があったとしても、業績が回復しない状況を、日本の本社からはどう見えていたのか。リストラを含めたコストカッターとしての役割を果たさず、経営者としては問題あり、と評価を下されたのかもしれない。「無念」を繰り返しても、彼とて組織の人間である以上、社の指示には従うしかない。

 ここ中国で事業を軌道に乗せるのは並大抵のことではない。経営に正解を見つけるのも難しい。一方で彼ほど中国人社員のことを親身になって考えていた日本人経営者が少ないのも事実だ。その思いが彼の涙であったのかもしれない。

 ひとしきり泣いた後、涙をぬぐうと彼は私に深々と頭を下げてこう言った。

 「また近い将来、中国と関われる仕事がしたいです」

 今でもその情熱は失われていないに違いない。

2018/3/28

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