エッセー・評論

上海発 金鋭のモノクロフォトコラム

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道程
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 旧正月、春節は中国で1年の中でも最も大きな行事だ。帰省や観光で数億人が移動するといわれる。まさに民族大移動である。今年も家族と一緒に春節を過ごそうと少し早めの1月20日、上海から神戸に帰ってきた。その時は日本が、そして世界がこんな事態になろうとは正直、思いもよらなかった。

 このコラムは上海の集中隔離先のホテルの一室で書いている。春節の休暇が終わり、2月上旬、上海へ戻ろうとしたが、新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大で、最初にウイルスが確認された武漢をはじめ、中国の各都市がロックダウン(封鎖)。ウイルス感染が世界に広がり、中国では外国人の入国停止という厳しい措置まで取られた。

 その後、全ての入国者を対象にした検査、2週間の集中隔離が打ち出される中、3月29日、妻と子供たちを日本に残し、単身上海へ戻った。

 意図せず2カ月という長い春節休暇となったが、その間、胸にずっと引っ掛かっていたのは「温度差」、何とも言えない「違和感」であった。未知のウイルスに対する日本と中国の認識の差や感覚の相違、それに伴うそれぞれの相手に対する見方だった。

     ◇

 日本にとどまっていたとはいえ、中国人の友達や中国に住む日本人の知人たちとSNSのやりとりは続けていた。現地の状況は毎日、手に取るように分かった。しかし、日に日に増える感染者、死者と深刻化する実態をオンタイムで知ったとしても、何もできない。無力さにいたたまれなくなったこともあった。ところが、日本ではまだまだ「対岸の火事」といった受け止めだった。東京や大阪、神戸ではマスクさえ着用していない人も少なくなかった。繁華街は大勢の人であふれ、私は心の中で「大丈夫だろうか?」とつぶやいていた。親しい友人を含め、未知のウイルスの怖さが日本ではきちんと伝わっていない、という印象だった。それどころか、感染が拡大する中国を含めたアジア諸国に対する差別や偏見が露呈した。

 中国における感染がピークを過ぎ、終息へ向かい始めると、米国や日本ではウイルス禍を招いた元凶は中国だとして、「謝らないのはおかしい」「責任を他国に転嫁している」などの論調も目立つようになった。一方で中国の友人たちからは、日本での検疫や入国規制の様子を見て、「日本にいては危険」「中国に帰ってきた方がいい」という呼び掛けもあった。

 自国ファーストと言うべきか。己のことしか考えられず、情報や知見の共有を避け、歩み寄らない。信条や主義、主張を超えて、直面する危機に手を取って立ち向かわず、他国の粗探しばかりする。なぜなんだろう。なぜ冷静に向き合えないのだろう。

 少し敏感になっていたところはあるが、24年間、上海で暮らしてきた私もコロナ禍を含め中国に対する偏見やネガティブな意見、イメージに流されていた。ここは冷静にならねばならない。

     ◇

 まるで大きな検疫場-。上海に戻ると、空港は防護服姿のスタッフが行き交うなどすっかり様相を変えていた。けれども、人々が談笑する姿はこれまでの上海と一緒だった。

 「日本で感じる中国」と「中国で感じる日本」。コロナ禍を通して、改めてその間に広がる溝を感じた。これを埋めるには、これまで何度も申し上げてきたが、「互いの違いを知り、それを認め、理解し合う」しかないのではないか。2カ月の日本滞在で一層強く思うようになった。

 集中隔離施設のホテルでは2週間の健康観察期間を過ごす。自由が制限されているのを逆手に、毎日、この部屋からSNSで動画メッセージを発信している。フォロワーの皆さんからたくさんの激励のメッセージもいただいている。こうしたやりとりも中国と日本の間に広がる溝、温度差を埋める一助になると信じて…。

2020/4/7

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