「なんで泣いたか、理由はよく分からないんです。父のことを考えていたからかなあ」
3月下旬、介護福祉士の山本美穂さん(31)はそう言って苦笑いを浮かべた。
豊岡市日高町の介護施設「リガレッセ」で、亡くなった植木則(のり)さんに関わったスタッフが思いを語り合う会議を開いた時、山本さんはずっと泣いていた。
私たちは涙のわけを知りたくて、話を聞いた。
山本さんの父親は昨年7月、悪性リンパ腫で亡くなった。66歳だった。入院先で「余命1カ月」と告げられると、兵庫県新温泉町の自宅に帰ることを望んだ。亡くなる3日ほど前まで自宅で暮らし、鳥取市の病院で亡くなった。
自宅では、食べる気力を失っているように見えた。それでも、家族は父親に食事を勧める。このまま状態が悪化するのを恐れるかのように。「父はつらい顔をして食べていました」と山本さん。実家の雰囲気は重苦しくなっていった。
「リガレッセでの植木さんは自分でおわんを持ち、大好きなそばをおいしそうにすすっていました。父より幸せそうに見えた。ここは穏やかで、自由で。父ももっと穏やかに過ごせたのでは。でも、どんな最期を迎えたかったのかは話せませんでした」
父親は容体が悪くなり、鳥取市の病院への入院が決まった時、泣いていた。死を覚悟したのだろうか。真意は分からないままだ。
季節は移ろい、リガレッセに春が訪れた。
スタッフに動きがあった。介護福祉士の女性(26)は「ケアの幅を広げたい」と看護学校に通うことにした。ケアマネジャーの女性(45)は、社会福祉士の資格を取るため通信教育を受け始めた。
リビングの洗面台のそばに、黄色いミモザのドライフラワーが飾られている。
看護師の赤江穣(じょう)さん(29)が研修した縁で、2年前のオープンに合わせ、東京の訪問看護ステーションから贈られたものだ。統括所長の秋山正子さん(68)は、がん患者らの悩みに無料で応じることで知られる「マギーズ東京」のセンター長も務めているという。
私たちは秋山さんに会うため、東京に向かった。
2019/6/8