「この前、原さんと一緒に植えたんですよ」
5月半ば、洲本市にあるホームホスピス「ぬくもりの家 花・花」を訪れた私たちは、スタッフの太田一美さん(37)に誘われ中庭に出た。植木鉢にミニトマトとナスビの苗が植えられている。
入居者の原とし子さん(83)も庭に出て、じょうろで水やりをする。散歩が楽しみだったが、最近は足腰が弱り、あまり出歩くことができない。認知症も進んでいる。
原さんは地元の特産品、淡路瓦の製造会社に勤めていた。「花・花」を運営するNPO法人の理事長、山本美奈子さん(61)は同じ地域で暮らしていたので、30、40代の頃の原さんをよく覚えている。
「公民館活動を束ねててね、シャキシャキしてましたよ。みんなから『としちゃん』って呼ばれてね」。世話好きで、たくさん友達がいたと記憶している。
「もうちょっと、外おる?」。太田さんが原さんに尋ねる。
「おるわ」
ベンチに腰掛け、じっとしている。太田さんがそばにそっと虫よけを置く。
「ずっと家の中にいると、なんやかんや音がするでしょ。時々、ああやってベンチで一人、座っているんです」。2時間近く座っている日もあるという。何を考えているのだろう。昔のことだろうか。
そういえば以前、「今までで一番、つらかったことは何ですか?」と聞いたことがあった。原さんは「お父さんに怒られたときや。一番、泣いたで」と話していた。
3週間後、私たちが「花・花」を訪ねると、原さんはリビングにいた。
「せんどぶりにおうたなあ」と声を掛けてくれる。雑談の後、原さんに聞いてみた。
「死ぬって、怖いですか?」
「そら怖いわー。死んだら、目開けても、誰にも会われへんやん。死ぬん嫌やわ。みんなでな、ワーワーゆうてるんがええ」
原さんも、ほかの入居者も、それぞれの人生を巡って、ここにたどり着いた。
怖くないように、少しでも穏やかな最期を迎えられるように。「花・花」の日常は、淡々と続く。
2019/6/20