宮崎市のホームホスピス「かあさんの家 曽師(そし)」で、2012年の正月に亡くなった女性と家族の話をしたい。
井上久子さんという。91歳で逝った。「命を使い切る。そんな言葉がイメージできる死でした」。長男の直敬(なおたか)さん(74)が穏やかな表情で、私たちに言った。
久子さんはずっと1人暮らしだった。大きな病気はなかったものの、次第に食事をせず寝て過ごす日が増え、「かあさんの家」に入居する。07年5月のことだ。その後、いったんは買い物や喫茶店に出掛けるほど元気になったが、11年秋ごろからほとんど外出できなくなった。
12年の元日、福岡に出掛けていた直敬さんの元に「かあさんの家」から電話が入り、「宮崎に帰ってきた方がいい」と告げられる。直敬さんはその日のうちに駆け付け、横になっていた久子さんに「年が明けたよ」と話し掛けた。
スタッフが「大みそかの夜はリビングで食事をしていました」と教えてくれた。
やがて口をパクパクとさせる「下顎(かがく)呼吸」が始まり、死が直前に迫っている様子を見せる。久子さんは栄養を入れる点滴をしていなかった。そのまま、苦しんだりもがいたりすることなく、1月3日未明に静かに息を引き取った。
「最期はろうそくが消えていくようだった。死ぬって、こういうものなんだって思ったね」。直敬さんは母親をみとった経験を通して、死への印象が変わったという。抱いていた負のイメージが消え、怖さを感じなくなった。
「百獣の王のライオンも脚にたった1本、とげが刺さるだけで狩りができなくなり、飢えて死んでしまうことがある。それはそれでいいんじゃないか」。そんな話を直敬さんがしてくれた。
「人間も無理に治療する必要はないと思う。母の姿を見て、死は自然なものと確信しました」
結婚し静岡と東京で暮らす娘たちには、自分に何かあっても、特別な治療や延命処置はしなくていい、と伝えた。
宮崎市の「かあさんの家」を、淡路島から看護師たちが見学に訪れる。そのメンバーが中心となり、15年3月、島で初めてのホームホスピス「ぬくもりの家 花・花」がオープンした。
次回から、淡路のホームホスピスの物語を届けたい。
2019/6/16