「ここがね、私の一番、好きな場所なの。ほら、どうぞ」
ポン、ポンと軽くソファをたたいて勧められ、並んで座る。大きなガラス窓の向こうに庭の緑が広がり、春の陽光に照らされた運河がのぞく。遠くに高層ビルがそびえている。
「こんな都会でも、水が流れてて、緑があって。安心して話せる場所なんだなあって思うんですよ」。隣に座る秋山正子さん(68)は穏やかな表情で遠くを見ている。
私たちは東京都江東区の認定NPO法人「マギーズ東京」を訪れていた。ここでは看護師や保健師が、がん患者や家族の悩みに無料で応じる。予約不要で、運営費用は個人や法人の寄付などで賄う。2016年のオープン以来、秋山さんがセンター長を務める。
マギーズセンターは1996年、英国エジンバラに開設された。がんで亡くなった造園家のマギー・ジェンクスさんの遺志を、建築評論家の夫らが引き継ぎ完成させた。マギーさんは死の恐怖の中で「自分自身を取り戻す空間がほしい」と願った。活動は各地に広がり、今では英国中心に20カ所以上のセンターがある。
秋山さんはどうして、日本にマギーズセンターをつくろうと思ったのだろう。
看護師の秋山さんは30代の頃、がんで余命1カ月と告知された二つ上の姉のため、当時は珍しかった在宅看護の態勢を整えた。姉が亡くなった後、本格的に在宅医療の現場に入る。長く仕事をする中で、ある疑問がわいてきたという。
「患者は『病気と闘い続けたい』と思うし、医師も諦めない。でも、どんどんお別れの時間は迫ってくるんですよね。本当にこれでいいのかなって」
秋山さんが少し強い口調で言葉を続ける。「患者は今を生きている。治療だけでなく、いろいろなことをざっくばらんに話せる場が必要だと思ったの」
2008年、東京であった国際がん看護セミナーで、秋山さんはマギーズセンターのアンドリュー・アンダーソン氏の話を聞き、引き込まれた。
「病院とは違う家のような雰囲気の中で、患者が自分で考えられるようサポートする。相談者が力を取り戻すために支援する」
抱えていた疑問の答えを見つけたと思った。
2019/6/11