兵庫県洲本市にあるホームホスピス「ぬくもりの家 花・花」には、認知症や末期がんなどで独りでは暮らせない高齢者が入居している。斉藤多津子さん(85)もその一人だ。
多発性骨髄腫の末期と診断され、医療的な処置はできず、「花・花」にやって来た。2015年10月のことだ。心臓も悪く、「最初は寝たきりの状態だったんですよ」と、理事長の山本美奈子さん(61)が振り返る。
私たちは「花・花」を訪れると、ベッドに横たわる斉藤さんと短い会話を交わすようになった。
3月下旬に訪ねた時、テレビで高校野球の試合を中継していた。斉藤さんはスポーツが好きだ。やせ細り、点滴がつながる手をおなかの上に乗せ、顔を横に向けて画面を見ている。
「野球が好きなんですね?」
「うん」
その日は、フィギュアスケートの世界選手権最終日でもあった。野球もスケートも好きな斉藤さんにスタッフが声を掛ける。
「きょう羽生君やなあ」
「きょうは羽生君!」。一段と声が大きくなる。
斉藤さんの訪問看護を担当する久留米晃子さん(53)に話を聞く。
「以前は昔の話をよくしてくれたんですよ。戦時中、疎開で神戸から淡路島に来たって言ってて、『兄と2人、おにぎりを1個だけ持って来たけど、すぐなくなった』って笑ってました。9人制バレーボールの選手で『すごい上手やった』とも言ってました」
美容師だった斉藤さんは、こまやかな気遣いができる人だった。ビールが好きで、「花・花」でもよく晩酌をしていたそうだ。今年1月、体調を崩して入院したことがあったが、「帰りたい」と訴え「花・花」に戻ってきた。
4月下旬、私たちが部屋に入ると、斉藤さんは眠っていた。2週間前に会った時よりもさらにやせて見える。わずかな期間で、こうも弱ってしまうのかと思う。「でも、こんなにきれいに病んでいく人って、いないですよ」。看護師でもある山本さんが言う。
斉藤さんは、平成が終わるのを待っていたかのように5月1日早朝、穏やかに人生を終えた。「花・花」の入居者は3人になった。
2019/6/19