石畳の道沿いに、低層の古い建物が並んでいる。前夜の雨のせいか、かなり冷え込んでいる。私は英国エディンバラに来ていた。今年2月末のことだ。
昨年4月、私は東京都江東区にある「マギーズ東京」を訪れた。看護師や保健師が、がん患者や家族の相談に無料で応じる施設だ。そこでセンター長の秋山正子さん(69)は「その人がその人らしく、生ききれるように、話を聞くんです」と話してくれた。
私は「生ききる、ですか?」と尋ねる。
「そう。どう生きて、どう人生をしまうか」
不安や恐れを抱え、ただ「死」を待つのではなく、その人が自分らしい最期を迎えられるようサポートするのだという。最期まで自分を見失わず、日々をいとおしむ。「生ききる」とはそういう意味なのだと理解したが、本当にそれで良かったのだろうか。
「生ききる」とはどういうことか、考えたいと思った。
◇ ◇
エディンバラの市街地から少し離れ、ウエスタン総合病院に向かう。英国内外にあるマギーズセンターはここから始まった。大きなガラス窓の向こうに人影が見える。
出迎えてくれたのは、センター長のアンドリュー・アンダーソンさん(53)だ。キッチンでは7、8人がテーブルを囲んでいる。東京で話を聞いた秋山さんは、アンダーソンさんの講演に背中を押され、日本にマギーズをつくろうと決めた。
「ここでは利用者の質問に、全て具体的に答えるわけではありません」。アンダーソンさんが話し始める。
「会話から解決策を見つけ、相談者が自分自身で結論を発見するように導いていくのです。人生のかじを自分で取っている、という自信が大事なんです」
利用者の夫婦が会話に加わる。ヘザー・ゴードンさん(39)と妻のダフさん(33)だ。ダフさんは6年前に子宮頸(けい)がん、2年前には脳腫瘍の診断を受けた。放射線治療が終了し、抗がん剤治療が始まる。「家族、友達を残して逝くかもしれないという不安はあります。でもマギーズのおかげで今、この瞬間を生きている。大きなストレスなく暮らせています」
夫婦が顔を見合わせて笑う。優しい空気が流れる。
◇ ◇
翌日、私はロンドンにあるマギーズのウエストロンドンセンターに向かった。どうしても会いたい人がいた。(紺野大樹)
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